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 ……彼ら他5人のスタメンにその兆候は既に出始めている。敵意を持ち越野を潰すのではなく、3Pを打つのであれば甘えた状況で打たせないように、激しい乱戦の中でも打って行けと。
 ―…外せば俺達が拾うからと、長身の三人は思うのだろう。
 ……ならば厳しく行くぞと、他の二人は考えるのだろう。
 芽生え始めた才を開花させ、彼の細身の背を押すために。

 ―…自分には魚住先輩や福田、彼のような恵まれた上背があるのではなく、
植草や池上先輩のような頑強な体力もない。
 「……」
 悔しさが募り、越野はきっとノートを睨み付ける。
 プレイも見る者達の視線、他者からの羨望、人気。そして見目も。
 超名門の陵南バスケ部の中でほぼ全ての“一番”を独り占めする“彼”の少年でありながらも男性を感じさせる美貌に隠れているせいで、決して目立ちはしないが……少なくともそれに次ぎ整った越野の顔に元来の強気な表情が浮かび、負けを嫌う折れない意志を持った輝きが瞳に宿る。
 その様が整ってはいるが埋もれがちとなる控え目な容貌に少年特有の凛とした魅力を醸し出させていた。

 悔しい気持ちのままコートに入り、再度スリーポイントラインより一歩手間に立つ。
リングに向かい右側、シューティングハンドに対し苦手とする方向からのシュートを、腰を屈め打つ。
 瞬間に思う、肘が曲がり、右腕の筋力だけでボールを投げてしまったような感覚。
 このシュートは絶対に駄目だ。入らないと思いながらも足掻くように中指だけはリングへ向け、無理と分かっても入れようとする。
 不格好なフォームで打ったシュートは僅かばかりリングにぶつかり、跳ね返っていった。
 着地した姿勢は確認するまでもなく前傾気味で、これはひどいものだと思う。
 全体的にシュートを得意としない―…陵南(うち)にはそういうメンバーが多い。その他の部員達が見ても、越野ひでえと思うだろうし、あの、何でもやってのける“天才”が見掛けたら呆れ果てるだろう。
 悔しさは尚治まらず、直情の性格を露わにし越野は唇を噛む。
 そのままリングを見上げながら、彼は他校の―…“常勝”を旨としその言葉を長き伝統の横断幕に掲げる神奈川の王者即ち自分達陵南が必ず超えなければならぬ高い高い壁―…海南大付属高校の、二名のシューターを思い起こしていた。
 越野が尊敬する二人の先輩に、恐らくは最初で最後の我儘を言って、じっくり見たいんですと頭を下げ、借りた部員共用のビデオテープ。
 既に痛んでいるテープを壊れる程見て―…海南大と他校の試合の、最強の……まるで王者である事を知らしめているかの如き誇り高き紫の、常勝校で戦う二人のシューターを彼は見続けていた。
 一人は。越野と同学年ながらもあの海南で随一のシューターとして名を馳せている長身の選手。
 元は5番だったのかも知れないと、越野は思う。正直に言って第一に羨ましいと思う上背と、しかし驚く程の痩せた体。
 そのシュートについては、構えからリリースまでの動作が特別に速いと言う訳ではない。
 しかし借りた幾つかのビデオテープの記録を見て、この選手は相手が例え……名を聞いただけで竦んでしまいそうになる高名のチームを相手にしても、ほぼシュートを外さない正確無比な3Pを打ち続けていた。
 (また悔しいって思っちまうけど……凄いよな。あいつ。)
 神と言った。その長身の細い細い選手。実戦で、技量不足によるミスばかりでなく、心の惑いを断ち、相手が例えどのような強豪であろうと怯まぬように、自分達陵南に勝るとも劣らぬ練習量と名高い強豪校での部活を終えた後も長く練習をこなし、努力を続けているのだろう。
 だから彼等の誇りであり―…時にそれが重い負担ともなる“常勝”を背負い尚冷静でいられるのだ。
 そして何より神と言う男は、画面からでも伝わり窺い知れる、あの穏やかな、見るからに優しげな風貌の中にどれ程の熱情を秘めているのか。それを思うと―…
 不安と、それでもやはり負けたくねえと、そう彼は思う。

 “王者”の中のもう一人のシューターは……
 痛んだテープが映す画面に、淡々と静かな存在感を放つ神程に出番は無かったが。
 メンバーチェンジ後にコート上に姿を現したブラウン管の中のその人物に、越野は驚き思わず目を見張っていた。
 自分達陵南に恐ろしい対戦相手など何一つない。
 本当に恐ろしいのは相手に恐怖し、竦み、考えられず、動けなくなる事だ。
 だからさながら―…遥か過去にこの地で生きていた古武士達のように、倒れる事なぞ恐れず勇猛果敢に挑め……とは誰が言っていたものだろうか。
 とにかくその横断幕の名の元、陵南のスタメン達には恐れる相手はないが、やはりそれでも名を聞けば緊張し、直にその試合を観戦すれば手に汗握る。
 その王者達の所謂ベンチメンバーでも、やはり陵南と同様に一流の選手たちが構え、控えている。
 一軍のスタメンを除けて出た者は長身の3番か、神に次ぐ2番か鍛え抜かれた脚力の、迅い1番か……
 ―…名は、確か宮益と言ったと思う。
 女子の運動部員にもいないだろう。極めて小柄な、ボールよりも本等を持つ方が余程相応しい風体だったメンバー。
 どう考えてもこの競技には不向きな体格の選手だったが、決して長くはない登場時間の中で、やはり外さない3Pを打って来た。
 この人物がベンチに戻った際の、控え達の態度が映像でも分かる程丁重なものであったので、恐らくは今一年の越野よりは学年が上の選手なのだろう。
 このシューターについては、借りたビデオテープの内の数本と、前に部室で他が呟いていた以外に有益な情報がないので、更に自分で調べ、それでも分からない事が残るようであれば、尊敬する二人の先輩にも教えてもらおうかと、越野は思っている。
 二人の先輩から借りた痛んだビデオテープを、越野は更に壊れそうな程までに何度も何度も―…強豪から全国レベルの相手のDFを抜ける技術、スリーポイントラインからフリースローサークル近辺の乱戦必死の位置からシュートを打って行く度胸を含めた判断力と膝の動きやシューティングハンドの腕、リリース時の指先のコントロールを神と宮益のシュートから、一つでも多くの事を学び、得ようと食い入るように見詰めていた。
 先にも述べたが陵南には……(まだ経験が浅く、第一あれ程の体格に恵まれていれば内に切り込んでいく行く方が本人も意とする所であろう福田と、1番としてほぼボール運びに専念する植草に求める事は気の毒であろうが)シュート全般を苦手とする主将の魚住を筆頭に、スタメンからベンチの者達までフリースローレーンから外れたミドルシュート及び3Pを苦手とするメンバーが殆どである。
 だからこそ魚住先輩と池上先輩―…越野達四人の一年生が唯一尊敬する上級生である二人に、無理を言ってでもビデオテープを借りて良かったと越野は思う。“王者”のシューター達、神と宮益の実戦の記録はやはり……思っていた以上に有益な内容であった。
 しかし……
 (……欲を言えば)
 彼ら二人のシュートを見てから感じ願った事である。
 (出来れば……俺と背の近いシューターのデータがあれば)
作品名: 作家名:シノ