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 そう越野は思う。この映像の中の非常に高いシュート精度を誇る神は上背が高過ぎ、逆に宮益は小柄過ぎる。出来得るなら腕の長さ……リーチや体の強さが類似した選手の3Pを見たい。
 強くなりたいと思い、その気持ちのまま練習を始めれば次々と要求が増え、完全に自分のものとするまではまだ程遠い。そう思う越野の脳裏に、ある一人の人物が浮かび上っていた。
 その者は……やはりシューターであるが、ビデオテープの記録の中にはいない。
 ただ越野の記憶の中に焼き付いている、数年前……中学時代に幾度か観戦していた。
 武石中の―…最終的にはMVPに輝いていたシューター。
 神のシュートは冷然として美しく、宮益のそれも型に適ったものである。
 しかし越野は今まで……名門の陵南に入って以降も、あれ程才が形に表れ発露したシューターを、そのシュートを後にも先にも見た事がない。
 中学MVPであった名シューターのその人物の身の丈は、確か今現在の越野と左程―…少なくとも神、宮益程は体格に差がなく、また感情的に見たいという思いが強いので、是非彼のデータ……近年の活躍の映像をと切に思っているのだが、不思議な事に越野の知る限り県内県外のどの試合のデータにもその名シューターの資料が見当たらない。
中学の地点で既にあれ程のシューターである。高校での活躍など分かり切った事だろう。
県下の有名なプレイヤーの引退宣言も聞いていない。
 最近越野は同輩や魚住達にそれとなく、過去のMVPシューターの現在を聞いていたが、その行方は依然、不明のままであった。
 あるいは陵南内部で……自軍の“天才”から教えを請おうと思っているが、彼についても神と並ぶ上背に筋肉の付いた身体。それに加え、何人も真似し難い身体能力を持ち合わせ、だからこそ越野は、自分と近い身長体型のシューターの資料をと、切望していた。
 ―…それに、越野は知っている。
 スタメン同士や他校との練習試合で、インサイドエリアが自軍、相手側の4番、5番、3番でひしめき合い埋まる乱戦、つまりアウトサイドが比較的空く中で、かつ陵南の中では非常に貴重で稀少なロングレンジでのシュートを打てる身でありながらも、仙道があまり3Pを打とうとはしない事を。
 ―…パスを他に。そうでなくても1番に渡すか、一度下がって仕切り直せ。
 一年の越野でもそう判断し、言おうとする前に彼は無理にでもインサイドに、さながら敵陣に攻め入る武者然と、突っ込むように割り込んで行く。
 その様は県下屈指の強豪の陵南の中で懸命にチームの歯車の一部となろうと動く越野に、俺達は信用されていないのかとショックを与え、仙道に勝とうとしている福田はじろりと彼を睨み付け、魚住と池上は若干放心したような表情をしていた。
 そしてこの二人以外の上級生達は、自分本位の動きをする男と、仙道を疎んじた。
 彼のプレイに上級生達のような怒りは湧かず、勝気な性質故つい出易くなる悔しさもしばし忘れてしまう程、越野はその時はただ仙道に圧倒され、畏怖すら覚えた。
そして直ぐに、彼の強引なプレイスタイルは彼が仙道である故のものであるからだと思う。
 一見は穏やかで、ともすれば暢気と取られる程落ち着いた風情であるが極めて攻撃的な面を持ち、だからこそアウトサイドのラインからのOFを良しとせずに、激しい性質に相応しい恵まれた体格を武器として、中に切り込んでいく事。
 そしてそれを他のメンバーの有無にかかわらず一人単身で行い、相手に挑んで行った。
これは紛れもなく彼の自分に対する大きな自身……既に陵南部員の幾人かは高慢さと捉えてしまっているだろう、自らの実力の評価から来る行動。
 優しげな気配と真逆の攻撃性。
 細やかな視野を持つ反面の才を持った者特有の、時として高慢な自負心。
 ―…陵南にいる限り。自分達はプレイヤーとして彼に合わせていかなければならない。
それは良い、別に構わねえと越野は思う。
 だからその為に自分は……魚住先輩や福田、そして彼程に恵まれる事のなかった体格と、池上先輩や植草のような頑強なスタミナを持たないこの身が陵南に出来る事をと思い、錯誤しロングレンジでのシュートを取得しようとしているのだから。
 越野はその仙道の事を思った。
 意識せず、顔を伏せる。
 ―…仙道は。
 恵まれた体格と天賦の才、そしてこの文武両道の神奈川の名門、陵南を勧められ、入学した。つまり明晰で身体能力に優れ、天性の才を持ち加え美貌である。
 実力も他からの憧れも、視線や人気をその身一身に受け、それらきらきらとしたものを全て独り占めしている仙道を、陵南部員の中で、チームメイトでありながらも遠い人物と認識する者達も居る。
 未だ一年坊の、しかも今の地点では部内少数派である現二年の魚住、池上側に明確な意を示し従った、他の上級生達からの風当たりの強い越野が吠えた所で何も変わる事はないのだろうが。
 それでも越野は、あいつは人当りは悪くないんだと言い、伝えたくなる。

 ―…例えばけして忘れられない一つの思い出。
 約半年前に行った、県内の古豪の一つである某校との練習試合。
 まだ、入部し大して経っていない時だった。
 (―…あの時から、お前は滅茶苦茶に強くて。)
 当たり前のように一年で唯一のスタメンで出て……あの時もそうだった。
 古豪の相手チームの上級生の3番、4番と一対一で、時にダブルチームに対し向かい、ボールを離さず、一人攻撃的な動きをしていた。
 魚住先輩と池上先輩は諌めようとしていたが、相手の5番や2番とのマッチアップに手一杯で、他の陵南の上級生達は、仙道のその動きに対し無言の抗議をしていた。
 そうしてその試合で既にチームのOFの起点、いや核となり―…上級生達が嫌った仙道の動きにより後半戦残り8分を切り、古豪を相手にして約40点近くの大差を付けた地点で、監督は……片膝にサポーターを施し、最近その負担が気掛かりであった県下ナンバーワンのセンター、魚住と三年生全員を下げ、越野達を出した。
 幾ら大差を付けていると言え、それは上級生達と……何より仙道が重ね上げた点数。
 そして、超名門の陵南に入り初めての、しかも古豪との試合。
 情けないが、下がる上級生達の本当に突き刺すような視線に気付かぬ程、気の強いしっかりした越野も、不敵な福田も、冷静な植草もただ緊張していた。
 ―…池上先輩の指示に従うぞと、後方からのその声が福田のものなのか植草のものなのかも分からず、自分の事で手一杯だった。
 その越野の前方で、ああ俺5番変わりますよと非常に暢気な声が聞こえた。
 味方どころか相手チームのベンチにまでざわつく気配が広がり、越野達は我に返る。
 「お前……」と、間髪入れず池上先輩の激しく動揺した声が聞こえた。
 「仙道、お前……」
 「ダイジョブっすよ。5番、前まで時々やってましたし。」
 「お前、あれだけ動―…」
 池上がはっと口を閉じ、言葉を選ぶように慎重に先を続ける。
 「……もう動き過ぎだ。幸いあいつら(相手チーム)は高さはない、だから俺が……」
 「大丈夫すよ。……監督も俺がこうする事を考えてこうしたんでしょうし」
 彫りの深い目許をすっと細めて、仙道は無言のまま田岡を見る。
作品名: 作家名:シノ