青
そしてそのままくるりと越野達の方を向いた。
「陵南(ここ)に入って初めての試合だから、このまま勝たないと……な。」
常に美しさが先立つ仙道の顔であったが、その時はただ、ひたすらに優しく、あたたかさだけを感じた。
(……あの時、お前は。)
前後半戦を通しで出て、時に単身戦い続け、流石に疲労の色が濃かった。
その様でありながらも、石のように固まっていた越野達三人を気遣い、勇気付けた姿。
―…あの、古豪に大差で勝利した試合。
記憶に残り……多分死ぬまで忘れないだろう。
こうして脳裏に焼き付いている理由は、名門・陵南に入り初めての勝利の試合だったからだろうか。
それとも……
必要以上に大人びた、心のどこかで恐さを感じていた仙道のやわらかさを初めて知った瞬間だったからだろうか。
(―…別の練習試合でも。)
元古豪を相手にし大差を付けた勝利の試合に気を良くしたからではないだろうが、名門・陵南の監督田岡はその後もしばしば仙道以外の一年を……正PGの体力が尽きた際には一年でありながら体力勝負では先ず負けぬ植草を、DFの強いチームには福田を、インサイドでの攻防を主とするチームには、フリースローレーンを越え、スリーポイントラインからのシュート精度を上げて来ている越野をコートに出すようになっていた。
そう言った最中でのある試合。
フロントコート陣……5番、4番、3番が何れもかなりの長身を誇り、内での攻防の強力な某校との練習試合の際に、スタメンでこそなかったが、前半間もなく上級生達との交代の令が出た越野の、緊張の様が伝わる姿に対し、じっと目を合わせ田岡は話し始めた。
「―…某校。攻守の鍵の5番、4番、3番……確かに高い。勿論うちの方が強いが。―…似ているな。うちに。オフェンス陣があの高さだと、自然、ボールは……攻防はゴール下に寄る。」
(―…4番、3番、5番三名の得点源はゴール下、リング付近でのシュート。あるいはリバウンドを取った後の長身の三人の速攻への貢献。フロントコート陣のリバウンドは強力だ。)
過去に確認した相手チームのデータを思い起こす。
そして田岡と同じく、その時に直感してうちと似ていると思ったこのチームに対し、魚住先輩や仙道、福田のように高さがなく、池上先輩や植草のような頑強な体力を持ち得ず……似た性質の相手チームに対し高さも、体力勝負も挑めない自分は―…無念ではあるがこの試合には役立てないだろうとも思っていた。
田岡は続ける。
「―…うちと似ているから、OFに回ってもDFに変わっても、ペイントエリアが乱戦になっている。」
コート上の上級生……魚住と池上以外が中での位置取りに手こずる様を眺め、田岡は渋い顔をし息を吐いた。
「……相手も思っているだろうな。陵南はウチと似ていると。際立って……この田岡の方針で、メンバーはベンチに至るまで全員がさながら化物じみたスタミナを持つが……外からの攻撃がスカスカだ。青き名門、陵南も所詮そんなものだ、と。」
「―…越野よ。」
「だから、お前と仙道で外から打って相手のDFを分散させろ」
「……」
緊張の素振りを見せようとせず、越野は田岡を見詰めた。
―…この人は勿論、俺の部活後の練習は知っていない。
だが、俺を見て、その少しずつの変化に気付いていたのだ。
それに対し全力をもって応えなければと言う責任感の強さから湧き上がる思いと、反面、まだ実戦での3Pの成功はなく、第一俺はまだ一年で、こんな前半戦早々に出ると決まっただけで―…緊張が止まらないんですよと言う思いが、同時に越野の心を一杯にする。
その思いに捕われてやはりチェンジした上級生のきつい眼差しに気付かぬまま、福田、植草から視線での見送りを受けコートに出ると、激戦の最中であるに関わらず、まるで示し合わせたかのように仙道がこちらを見て佇んでいる。
緊張によりどこか麻痺した頭で、ああお前、なんで……何だか一人だけ静かで、時間から残されて一人切り取られたみたいだとぼんやりと越野は思う。
まだ前半戦ではあるが、仙道も魚住先輩や池上先輩同様、相手チームの長身達を相手にフロントコートでの攻守のポジショニングに体を張っていた。
かなり疲れているのだろう……だが、汗をかく体をこちらに向け、いつもの穏やかな表情のまま、彼は―…
―…行こう。
周囲の音で声こそ聞こえぬが、しかし唇の動きがそう、越野に言っている。
―…俺は。お前と違って3Pの実戦経験が無えよ、……それに。お前と俺では体も、……腕のリーチが違い過ぎるから、必然的に俺のシュートは打てる範囲が限られて来るし、なのに、打って行けって無……
そう、不安を仙道にぶつけようとした途端に、既に汗をかいている仙道が近付く。
試合の最中であるのに、眼前の仙道が屈み、その美しい貌を近付け言い放った。
「―…存分に二人で。打って、打って……俺達を小生意気な一年坊だと思っている奴等、お前を知らない相手……打ちまくって行こう。……外すのを怖がらなくても良い。外してもあいつ等も必死に拾おうとするし、魚住先輩も、俺が―…」
はっと、何かに気付いたのだろうか。緊張する越野の眼前で、越野の近付いていた仙道が至極珍しく―…何故か慌てたように狼狽した後、少し経ち一生懸命に考えるように言葉を続けた。
「魚住先輩も―…俺も。俺もいるから、だから打って行こう……打つぞ」
二人で。
(……そしていつものように俺達を、俺を力付けてくれ)
―…何か、越野に言外のものを言いたげな、惜しむような顔。
仙道の口調は淡々としていて、初めは緊張した越野を諭すようであったが、その終いは自らも闘志を剥き出しにしたものに変化し、その雄々しさ力強さに越野は我に返った。
―…負けねえ、こいつの為でも魚住先輩、池上先輩の為でもなく。
陵南は勝つ。
不安気な色を濃くしていた……愛らしい少年から“陵南の一員”に変わった凛とした越野の表情を見下ろす仙道がふわりと笑った。
何をしているのかと首を傾げ、こちらを見始めた審判に軽く頭を下げ、仙道の後に越野は続く。
相手チームの大柄のフロントコート陣に対抗する中での攻守から、外へ―…今までの試合データに無かった陵南の攻撃が始まった。
インサイドでもアウトサイドでも。万能型と言える仙道のオフェンスはいつにも増して凄まじく、その大きな体と大きな手がインサイド、フリースローレーンを離れ、シュートハンドから逆のサイド、エンドラインの際からと、あらゆる角度でミドルシュート、3Pを狙い放って行く様に動揺し、狼狽した相手側のディフェンスは目に見えて崩れ始め、同じく打って行く側の越野も鳥肌が立ち、思わず見惚れる程であった。
……驚いてる場合かよ、しっかりしろ俺、と、負けず越野も3Pを打ち重ねていく。
DFを躱し損ね相手のものとなったボールを池上がスティールし、乱戦の最中崩れたシュートフォームによりリングを外れたボールを魚住、仙道がフォローする姿を見て、越野は胸が熱くなった。
その試合で。
(―…初めて3Pを実戦で打てた、入った、あの試合。)