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靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第三話「ジュネーヴ・ルビー」

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 もう二十分近くはバスに揺られていただろう。 都市部の喧騒と酷暑から逃れた眼鏡の少年は、涼風に吹かれて尚、神経を尖らせたまま、自身の左中指に嵌る指輪― 待機状態のソウルジェムを注視し続けている。 暖色の街路灯達と大差ない程、妖しく輝くライラック。 他の乗客はこれまでの停留所で、全て去るべき所へ去っている。 ローデリヒの自宅まであと五分と言った所か。 しかしジェムは魔法を察知し続けたままだ。 彼の様に肉体能力よりも、探知能力の強化に注力せんとする魔法少年はそういない。 故に他の魔法少年や少女達を、ローデリヒは確証が出るまで心から信用してこなかった。 その傾向は、小学校からの馴染みで、随一の友人であるエリゼベータに対しても同様だ。
トーリスから聞いた、ときわハイツの連絡通路と、昼の図書室の件。 これまで魔女と遭遇した回数と比べても頻繁過ぎる。 予め何者かが、魔女と丁度遭遇する様に仕組みでもしない限りは。 フェリクス達が今朝魔女と戦った事を知った時、彼はまずエリゼベータが仕組んだものと疑った。 しかし冷静になれば、彼女が魔女を仕組んだとて、手間と共に彼女に還るリターンが増える訳でもない。 もし仲間のいずれか、ひいては十字軍と敵対すれば、より確実なグリーフシードの恩恵は失われるのだ。 ローデリヒはこの日、下手に彼女に嫌疑をかけなかった事を安堵した。 替わって第二の容疑者。 そちらの線がより色濃くなった。

 ソウルジェムの輝き― 持ち主に残された魔力を取り戻させるたびにグリーフシードはジェムから移された穢れを孕み、限界に達すれば殻が砕け魔女が誕生する、卵の性質を併せ持つ。 魔女の嬰児、すなわち【魔女が生まれる寸前のグリーフシード】はそう長く持たない上、臨界を突破すれば、グリーフシードとして認識される前に、魔女の産声として周囲の魔法少年達は察知してしまう。 彼が幼馴染を容疑者から外したのはその為だ。
黒幕の存在は否定できないが、実行したのは恐らく単独犯。 あの場に居た魔術部員達も魔法少年の様だったが、彼らがジェムの穢れを移した、と仮定するには輝きが中途半端であった。 グリーフシードでジェムを浄化する加減は、卵が許容できる濁りのキャパシティに加減させられる事はあっても、ジェムの持ち主が意識して塩梅を変える事は出来ない。 濁りの全てを取り切れない程逼迫していたなら、もっと自分達に全力で… 最悪魔女騒ぎに紛れ、殺しにかかってでも図書室の魔力の源を奪いに来た筈だ。 魔術部員達のジェムは精々数日前に浄化したのだろう。
 ホワイダニット【なぜ(そう)至った】。 相手が殺人等の行動を取った動機を理詰めする類のミステリ、そしてその形式を指す用語である。 切れ者ではなく、むしろおっとりとしていたローデリヒ元来の推理論ではないが、彼の魔法の特性、彼に魔女の戦法と危機管理論を教えた【家庭教師】の言葉。 そして彼のお坊ちゃん趣味とは良く噛み合い、魔法少年となったローデリヒの日常から確実に不自由を取り払って来たのだ。
ライラックの光が突如、一瞬だが閃く。 魔女の気配はない。 彼を追跡してきた存在の残滓、魔法の残り香をソウルジェムが探知したのだ。 瞼を厳重に閉じ集中する。 彼は空想上のグランドピアノに触れ、一本の弦の張り具合を少し緩めた。 漆黒の視界、無音の空間。 ローデリヒのジェムから非実在の、一本の弦が指向性を持って進行方向逆へと伸びる。 眩しい光。 第三のジェムの光が明確な人型を取った直後、輝く影から硬質な浅葱。 一筋のレーザー状が、背後からローデリヒの肩を捉えた。