学園小話2
雨音 ……喜八郎と滝夜叉丸
それまで熟睡していたはずの喜八郎が、突然起き上がる。
寝ぼけているのかと振り返れば、なにをするでもなく障子戸の向こうを見つめている。
「雨」
じっと空を見たまま呟いて、こちらにゆっくり視線を向けて、また同じ言葉を繰り返す。
障子戸の向こうからは、雨粒の落ちる音が響いている。
「違う」
しかしそれは雨ではない。小さく首を振って応えれば、また小さく「雨」と呟いて喜八郎は褥から這い出ると障子戸へ向かう。寝汚い彼にしては珍しいことだ。
「……あ」
ガタリと音を立てて開け放たれた障子戸から、ひやりとした空気が入り込んで部屋の灯りを揺らす。
感嘆の声を上げている喜八郎のその向こうで、暗がりの中、黄金色の光が舞っている。
目の錯覚に瞼を擦り、溜息を吐いて喜八郎の羽織りを手に取りに立ち上がる。
一度ハマったら最後、しつこい男は一晩中穴を掘るのも厭わない性格をしている。外の様子をいたく気に入ったようだから、しばらくは眺め続けるに違いない。
「戸を全開にするな、寒い」
羽織りを頭上に落とし、柱に寄りかかる。
風に煽られ、とさりとさりと音を立てて舞い落ちていく、黄金色の葉。
四年生長屋の前には立派な銀杏の樹があって、風の強い今宵は落葉の音がまるで雨のように長屋を包んでいる。
「雨で、間違っていない」
もぞもぞと羽織りに袖を通し、白い息と共にこぼれる声。
「……そうかもな」
雫であろうが、紅葉であろうが、天から降るものには変わりはない。それを何と呼ぶかは、人それぞれなのだろう。
じっそ外を見続ける友人のつむじを見下ろし、息を吐く。
「適当に切り上げてくれ。寒い」
こちらはまだ、仕上げなくてはならない委員会の書類が残っている。文机に向かい直れば、楽しげな声がする。
「滝夜叉丸ともあろう男が、軟弱なことを言うね」