温泉旅行 後編
「なるべく早く一人前に
なれるようにするつもりです。
でもまだ二年あって、その…」
大輝は何と言っていいものか
言葉を濁した。
「泊まりとかしたい?」
「えっまぁ…ぶっちゃけると
そういうことです…」
「オレもつぼみにさぁ、
すずめはもう二十歳なんだから
って言われてさぁ。」
「オレは親じゃないし
親が外国行ってる間の世話を
頼まれてるだけだけど、
すずめはもう、自分で稼いでて
社会人だもんな…」
「その、いつか馬村くんが
すずめとって思ってるなら、
自分でいろいろ料理とか
できるようになっといたほうが
いいかとも思うんだ…
あいつ、家事は壊滅的だし…」
「壊滅…」
大輝はすずめが高校の頃作った
しょっぱい爆弾おにぎりを
思い出していた。
「それでさ、つぼみが、
日本に借りてる部屋が
カフェの近くにあるんだけど…
つぼみが外国にいる間、
そこをすずめに
管理してもらえないかって
言ってくれてて…」
「えっ…」
「まだ本人に言ってないけど。
家賃は要らないって
つぼみが言ってるんだ。
すずめは仕事にまだ慣れてないから
とりあえずは週末だけ掃除とか
してくれたらいいって。」
「馬村くんはさ、その…
すずめとの将来のために
バイトして一人暮らしせず
お金貯めてんだろう?」
「あ…はい。一応…」
「それ、すずめ、知ってるの?」
「いや…一度だけ
遠回しに伝えたけど
たぶんわかってなかったと
おもいます。」
「すずめは鈍いからなあ。」
「でも二人が同じ気持ちでいて、
そうやって馬村くんが
すずめとの将来の
準備してるなら、
すずめにもちゃんと
準備させとかないと
ってオレも思うわけよ。」
「たださっきも言ったけど、
くれぐれも学生結婚は
ナシの方向でね?」
「は…はい。」
大輝がそう返事をした頃、
すずめはリビングのドアの外で
コーヒーの袋を
抱えたまま、
諭吉と大輝の話を
すっかり聞いていた。
大輝が自分との将来を
そんな風に思ってくれていた。
すずめはなんだか心が
ほわほわとしてきた。
「それはそうと、
すずめは遅いな。
どこまでコーヒー
取りに行ってるんだ?」
諭吉がすずめが
カフェから帰ってこないことを
思い出す。
「ホント遅いですね…
オレ、もうそろそろ
帰らないと。」
「じゃあ、すずめにはオレから
話しておくよ。」
「お願いします。」
諭吉がガチャッとドアを開けると
すずめがボーッと立っていて
「わっ!」と声をあげて
ビックリした。
「すずめ! なんだ、
戻ってたのか。
馬村くん、もう
帰るみたいだよ。」
「えっあ、ごめん。
私、そこの角まで
送ってくる。」
「馬村くん、
結局コーヒー出せずに
悪かったね。」
「いえ…お邪魔しました。」
大輝はすずめの家を
後にした。