甘くない恋の味
「まったく。学級委員長委員会の会議があるというのに、五年い組の学級委員長の尾浜勘右衛門は木下鉄丸先生に呼ばれたからといって遅刻連絡が入るし、一年い組の学級委員長の今福彦四郎はテスト勉強がしたいからと欠席届が来るし。…まあ、今日の議題はそこまで重要ではないから私と一年は組の庄左ヱ門だけで決められるかな。
学級委員長委員会の部屋に向かう鉢屋三郎が長々説明くさく独り言を呟いていた。
「それか、勘右衛門が来るまで昨日の反省会でもしていようかな。…お?
部屋の戸の前で、三郎の手が止まる。
既に後輩が部屋で待っているようだった。
「庄左ヱ門。
「あ…鉢屋先輩。
戸を開けると同時に名を呼ぶと、その後輩はすっと立ち上がった。
自分が来るまでしていた、難しい表情を一変させて。
「いいよ。座っていて。
「はい…。
「どうした?浮かない顔をしていたようだけど。
庄左ヱ門の肩に手を置いて座るように促した。
ちょこんと正座したところで話を切り出す。
「…気付いていましたか。
「まあね。後輩の相談に乗るのも先輩の役目だ。…昨日のことかい?
庄左ヱ門が瞬きを一つして、三郎と顔を合わせた。
どうしてわかったんですか、とでも言いた気に。
「団蔵には、話すつもりと言っていたね。それはどうしたんだ?
「話すつもりでしたが、ぼくが話そうとしたら走っていってしまって。
「追いかけなかったのか?
そう聞くと庄左ヱ門はきゅうっと唇を結んだ。
「団蔵、好きな人ができたって言って…。
「……。それは多分、君のことじゃないのか?
こくん。
頷いたその表情は、
とても複雑そうだった。
「それは、悩むね。庄左ヱ門だって、団蔵のことは嫌いではないだろう?
「…、はい。
その『好き』の形が歪んだ『愛』へと変化してしまえば
今までの関係が
仲の良い友達の関係が
崩れてしまう…
「…団蔵だったら……。
後輩の恋路を助けようと考えていた三郎だが、庄左ヱ門の言葉の続きは三郎の予想とは異なった内容だった。
「ぼくの女装を見破れると思ったんですけど…。
「…ほえ?
何とも間の抜けた返事をした三郎だったが、庄左ヱ門は話を続ける。
「お店に来てから帰る時まで団蔵、ぼくのことをじろじろ見ていたし、あぁこれはバレてるなーと思いました。だけど今日の様子だと、むしろぼくの女装に惚れるなんて…あー!団蔵、お前なら気付くと少しでも期待したぼくが愚かだった!
「おい…庄左ヱ門?
「あ…すみません。実戦経験豊富で今まで色んな忍者の変装を(よい子の勘で)見破ってきた一年は組が、たかがぼくの女装を見破れないなんて……。一年は組の学級委員長として残念で仕方がないのですが、ぼくの変装術の腕が上がっていると思うと喜ぶべきなのか悩んでしまって。
この後輩は素直で冷静沈着で、頼りになるのだがどこか天然気質で周りの人間とは違った価値観を持っている。
それでたまに目上の者すら置いてきぼりにして一人思考し続ける。
まあ今回の場合は庄左ヱ門の考え方が正しいといえば正しいかもしれないが。
(クラスの成績を良くしたいと思っている庄左ヱ門らしいといえば庄左ヱ門らしい考え方だな。…色恋沙汰に鈍いところも含めて。
「喜んでいいんじゃないか。まあ…学級委員長として思うところはあるかもしれないけど。
「そうでしょうか!鉢屋先輩にそう言っていただけると、嬉しいです。
「庄左ヱ門。
「何でしょう?鉢屋先輩。
「団蔵から惚れられたことに対しては、どう思っているんだい?
「どうって…、言われましても。団蔵もぼくも男ですし、団蔵はあの姿のぼくを好きになっただけで、ぼく自身を好きになったわけではないですから。
「団蔵が、そう言ったのかい?
「いえ。でも普通そうじゃないですか~。
「そうか。
三郎は、庄左ヱ門の言葉を聞いてすっと部屋の戸に向かった。
あることを確かめる為に。
「あの、どちらへ行かれるのですか?会議は…。
「勘右衛門を迎えにいってくる。彦四郎は欠席らしいから、私が来るまで待っていてくれ。
「はい。いってらっしゃい!
(さてと。
元気な声を聞いた三郎は戸を閉めて、廊下を静かに滑るように走り出した。