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靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第六話

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 目も眩む晴れやかな夏の朝。 品の良い高級住宅のリビング。 数十万は下らない最新型テレビの上に飾られた大判な写真の幾つかには、ローデリヒの家族一同と共に写るアントーニョの姿もある。
 《…トーリスさんに連絡してみます。 それじゃあ》
琥珀の魔法少女からの通話を切り、眼鏡の少年は自室の一角にある部屋の扉を開けた。 グランドピアノにバイオリン、フルートにシロフォン。 高品質で上品な音を部屋中に齎す巨大CDプレイヤー。 とても一般家庭には手の出せない高級な楽器の数々は全てローデリヒの趣味で購入されたものである。 今朝のナンバーは【フィガロの結婚】の序曲。 優雅な朝に相応しいハーモニーを、高くも男声のそれとわかるおどけたジョークが叩き潰す。 部屋中央、高級家具メーカー製の椅子に坐するその人物は、両腕を奇妙に後ろ手に回し鎮座する。

 「ガールフレンドかな? うふふ」
ソプラニスタらしからぬ、背丈はローデリヒを軽く超え百八十センチはあろう骨太で大柄な少年。 身に纏う草臥れたときわ中セーラーは冬服のものであり、布地には相当強い皺が刻まれている。 BGMにテンポを合わせ、毛先がゆるくカールするプラチナブロンドの短髪を揺らす少年は、澄んだ紫の瞳で無邪気に愉悦を見せつける。 やや鼻の大きい色白なスラヴ系の顔立ちを、首から口元まで隠す白いマフラーといい、この大柄な少年の着こなしに季節感は皆無であった。 後ろ手で金属音を態とらしく鳴らし、猫撫で声で乞う。

 「僕、君のガールフレンドとも、友達になりたいなあ」
マフラー少年の右手に繋げられた手錠。 もう一端はローデリヒ用のバスルーム側の壁に繋がっており、トイレや簡易ユニットバスには問題なく辿り着けるが、バスルーム反対側に繋がるローデリヒの私室への扉。 そして今、眼鏡の少年が立ち塞がる側の扉には届かぬ絶妙な長さの鎖は、大柄な少年の自由を大きく奪っていた。 眼鏡の少年は問い掛けに応じない。 ソプラニスタの少年が食したであろう昨晩のディナーの食器類。 リゾットのご飯粒が一つ残っている事に気付いたローデリヒは眉間に皺を寄せた。
 「美味しかったなあ。 姉さんやナターリヤと一緒に食べたかったよ」
監禁の身であるにも関わらず、マフラーの少年は稚気染みて両足を暢気に揺らす。 食器を手早く纏める眼鏡の少年。 ローデリヒの傍の本棚には半身をもぎ取られた鷹の意匠を掲げる、ムーンストーンに近い煌めきを放つ無色透明のソウルジェム。 楽しげであった大柄な少年は突然に冷ややかな声色で呟く。
 「こんなに沢山お世話になったんだもん。 君のお母さんに一杯お礼をしなくちゃね」
ジェムに少年は自由な左手を悪魔染みて伸ばす。 ローデリヒは無色透明のソウルジェムに爪を立てた。

 「うあぁあアあァアああぁああ!」
全身に電流が走ったかの様に、突如マフラー少年は首に左手をやり身悶える! 目を見開き口を大開きにして痙攣する様を横目に、眼鏡の少年はひどく冷酷に応えた。
 「お馬鹿さんが」
無色のソウルジェムを覆う、魔法少年達にしか見えぬ不可視の五線。 大柄な少年が逃げられぬよう、ローデリヒの魔法によって封印が施されているのだ。 当然、魔法で手元に引き寄せる事も敵わない。
 「毎日張り直して更新しています。 イヴァン、貴方の様な殺人鬼はせめて大人しくしていなさい」
 「だっていらないんだもん」
髪を振り乱し直後の激痛に堪えて尚、イヴァンと呼ばれた少年はおどけている。
 「人間は死ぬ時しか役に立たないよ? 煩くてずるくて汚くて酷いもん。 僕、そんな生き物なんかいらない」
 「解りませんか? 要る要らないの問題ではありませんよ」
溜息の後の呆れた物言い。 ローデリヒの表情は僅かに歪む。
 「ローデリヒくんもずるいなあ。 自分は虫一匹殺さない、みたいな言い方してさあ?
僕知ってるよ。 ガールフレンドから隠れて君は」
イヴァンの鳩尾に一撃が入った。 口から血の混じる唾液が僅かに零れる。 ローデリヒは暴君のように怒りに顔を歪ませていた。 痛みに堪えかね、イヴァンは座ったまま後ろに倒れ込む。 後ろ手に扉を開け、拘束が解けていない事を確認し、食器を手に眼鏡の少年は乱暴に部屋を出た。
 「…同じ魔法少年なのに、どうして友達になってくれないの?」
首を背もたれに擡げたまま、ソプラニスタは続ける。 表情は碌に伺えぬ。 眼鏡の少年は憎しみに震える手を抑えるが、鍵が上手く錠に収まらない。
 「じゃあ君もいらないや」
施錠寸前。 凍て付いた囁きが、防音室に小さく響いた。