魔法少年とーりす☆マギカ 第六話
先週と変わらぬ粗末な【ときわ中魔術部】の張り紙が魔術書のある一ページかの様に錯覚する。 ソウルジェムは愚か、グリーフシード一つ持っていない相手を襲う利点は無い。 その筈だ。 唾を大きく飲み込み、彼は魔術部の扉をノックした。 セミロングの部員が気付いて扉を開ける。 トーリスは踏み込んだ。 彼が奇妙な部室のうねりに気付いた瞬間には、見慣れた画一的なときわ中の内装はもうそこには無かった。 赤い瞳をした茶髪のセミロングは音を鳴らし態とらしく足を揃えて、神妙な面持ちで一礼した。
「ようこそ、おいら達の人工結界へ」
お屋敷と言った風合いの大邸宅の一室。 大きなサーバーの様な機械と訳の分からない瓶詰め標本、内容の理解出来ない魔法陣の画かれた無数の書類。 こんな形相は部室のガラス越しでは欠片も窺えなかった。 学校と言う現実と似ても似つかぬ空間を無理に切り貼りされたとしか言いようの無い異常な状況。 トーリスは唖然と部屋中を見回す。 彼の内なる疑問に答えたのは問い掛けに応じた赤眼の部員であった。
「魔女の結界のパチモンで、学校の部室とあいつ… アーサーの部屋を繋げてる」
視線で差した方向には味わい深い書斎椅子に腰掛ける眉毛の太い少年。
「俺はアーサー、アーサー・カークランドだ。 そこにいるそいつは、」
彼の差す方向には誰もいない。 いや、相当値が張りそうな大きなドライブとセットのデスクトップPCの前必死にタイピングする少年が一人。 淡い髪色の少年は紫の寝惚け眼で薄い反応を返す。
「ハルドル・グリーグじゃ」
赤眼の部員が示し合わせたように最後に答える。 八重歯が覗く満面の笑み。
「おいらはイオン・エミネスクだよ」
イオンは息を吐きシリアスに続けた。
「お前の目的は解ってるサ。 でも頼みは聞けない」
「なんで、」
再びタイピング作業を続けるハルドルは背を向けて横槍を指す。
「なはグリーフシードサついて、なも知きやねだべ」
「はあ? 何言ってるんだよ」
大きく溜息を吐きアーサーは頬杖をついた。 手早くティーポットから紅茶を淹れセットを四つ拵え、首を傾げながら開いた手を軽く差し出す。 イオンは歩き、ハルドルは腰掛けた事務椅子を滑らせて、カップの皿ごと紅茶を受け取り一口飲んだ。 毒は入っていない。 一考し、ハンカチを握る方の手でカップを取りトーリスも一口含む。
「客の相手コは頼むベ。 集中出来ね(客の相手は頼む。 集中出来ない)」
異国の言葉の様に思えたハルドルの言動が急に理解可能な話し言葉への同時翻訳に掛けられていく。 妙な臭いなどはしなかった筈だ。 トーリスはカップに残る赤々とした水面を凝視する。 やはりおかしな所は見つけられなかった。
「【魔法を使えば】これぐらいの事は出来るぞ。 マギクスワナビ(知ったかぶり魔法少年)」
呪文気取りで放ったであろう蔑称的な単語の羅列もトーリスの脳内で自動翻訳にかけられた。 温厚な彼も思わず眉根を寄せる。
「話をややこしくしないでおくれよ」
不快を露わに、イオンはアーサーへ声のトーンを絞って囁いた。 素知らぬ振りで、そそくさと太い眉毛の不良は奇妙な長文の執筆作業に戻る。
「ごめんごめん、アーサー付き合い下手でさあ」
「俺はコミュ障じゃねえよばかあ!」
そんな事は誰も言っていない。 確かに面倒臭い奴だ、とトーリスは顔を顰めた。
「―あのジェムは親友に貰ったんだ。 フェリクスに返すって言うなら居場所は知ってるんだろ? 俺にトモダチの居場所と、態々襲いかかってまで他人(ヒト)の宝物を奪った件について、納得できる説明をしろ。 俺がお前達の言う事を信じるかどうかは、聞いてから決める」
やや冷たい素面。 つい直前まで友好的に接していたイオンはさらにひやりとした表情で返した。
「よくもまあ言うねえ… まあおいらはどっちでも」
赤眼の部員は部屋中央の円卓に座るよう促す。 トーリスの着席に合わせイオンは腰掛け、両手指を組んだ。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第六話 作家名:靴ベラジカ