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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第八話

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 「穢れ切ったグリーフシードからも魔女が産まれるから、普段は俺が喰って処理してる。 普段ならな」
 頭部の白い猫耳から伸びる触手にかけた、アクセサリーらしき金の環を弄び、ギルべぇは上半身を覆いそうな尾っぽをソファーに叩き付けた。 トーリスはコーヒーテーブルを挟んだ対面のソファーに腰掛ける。
 「そもそも、俺の母星はエントロピーを引き下げるだかどうだか知らねえが、感情をエネルギーに替えて掻き集めようってわけで、お前ら人間の住む地球に来て、 …そうだな、お前らと丁度同じぐらいの女の魂を幾つも幾つもソウルジェムにしては、そいつらが魔女化した時に湧く大量のエネルギーを集めて来た」
 途方もない話である。 妖精達が自分達の為に、魔法の様に願いを叶え、やがて絶望させて魔女化させるシステムの片棒を、何も知らないであろう女の子達に担がせる。 トーリスには、妖精達は少女達に惨い詐欺の様な手を使って魔法少女に、いや魔女候補にさせて来たらしい。 それ位の事しかわからない。
 「俺様は慈悲深く太陽の様に心が広いからな。 やり方が気に喰わなかった。 エネルギーが欲しいなら自力で何とかするのが普通だろ? 異星人相手に舐めた真似で掻き集めても、それに切れた相手が反抗したらどうするよ。 不測の事態が起きた時はどうするか位考えるだろ? そうだよな? それを他のインキュベーター達に訴えたら即捕まって隔離病棟逝き。 やな星だぜ」
 「やな星だな」
 「でも実際のとこ、命を賭けてでも叶えたい願いが居る奴はいるかも知れねぇし、契約しなきゃ死ぬって奴もいるかも知れない。 そういう奴相手なら、フェアに全てを教え込んで、リスクを最小限に抑えるのが前提なら、契約を持ち掛けるのも悪くねえかも知れない。 そう思って俺様は脱走した」
 「シレっと、すごい事… してないか」
 深刻な事態である筈なのに、トーリスの肩の力は不安定に抜ける。 このギルべぇという妖精がこの性分、この緩さなのは元からなのか…。
 「女相手だけってのもバランスが悪いだろ? それで男だらけになったら、エネルギー回収の前に人類が滅んじまうんで、俺様は死にかけとか、契約しなきゃ生きていけない。 そんな連中の前に平等に現れて、一回こっきりのチャンスをやり、ジェムがやばそうな奴には俺様出来る限りのアフターケアをしてやる契約にした。
 詰まる所俺達【インキュベーター】が、濁り切ったグリーフシードを喰うのは、星に持ってくエネルギー回収の為。 要するに元々の性質だ」
 「うーん… グリーフシードに穢れが溜まると魔女が産まれるんだろ? その魔女を倒せばまたグリーフシードが手に入るわけで」
 「うん」
 「じゃあ、ジェムを綺麗に維持する為に、同じ魔法少年仲間のフェリクスを酷い目に遭わせてまで、グリーフシードを養殖するなんて。 時間も手間もかかるんだから精々一個か二個、それを使い回せばいいじゃないか。 魔女を倒すのだって使う魔法はただじゃないんだろ? 他の魔法少年に寄付するって言うなら、路地裏だのに置いておく意味ないし」
 彼の問いに値する答えを見つけられた者はいなかった。 静寂の中、蝉の鳴き声が窓越しに小さく木霊する。 僅かな一拍。
 「…イミテーション・インキュベーター、」
 「アーサー、どういう事なのサ」
 「―あ、いや、フェリクスとそのジェムを勝手に俺がそう呼んでるだけだ。 【imitation(模造) incubator(孵卵器)】で模造品インキュベーター。 だが、俺が呼び名を付ける前から、もっとやばいイミテーション・インキュベーターが有ったとしたら」
 「インキュベーターのもぐ的はエネルギー回収(インキュベーターの目的はエネルギー回収)。 あっぱり、魔法少年ば魔女化させら事(つまり、魔法少年を魔女化させる事)」
 「つまり犯人の目的は、魔女の大量生産?」
 他の部員と客人達の手が止まった。 示し合わせたかのようなアーサーの一言。 銀髪の妖精と、赤眼の部員は身を震わせた。
 「ちょっと、ちょっと待って!? 魔女の大量生産って… 使い魔産ませて魔女にして、グリーフシードを産ませる目的ならこんなに苗床は要らないでしょ、危ないばっかりでいい事まるで無いんだし」
 「危ないばっかりなのが、目的だとしたら」
 しゃがれた声。 ギルべぇの物であった。 俯き前髪で目元は伺えないが、歯を食い縛っていた。
 「やらかしそうな奴に、心当たりがある」
 両手を強く握り締める妖精に、藍の魔法少年は言った。
 「のんだど?(何だと?)」
 「一年前、首を吊ってたそいつを助けるつもりで契約したんだよ。 下らねえ願いの為に契約する奴だとアレだし、どんな奴か暫く観察してたから、虐められて不登校になっちまったってのは知ってたし、学校で悩んだ挙句の自殺だと思ってたんだが」
 「でも思い出したぜ、そいつは姉ちゃんがマスコミ、ネットと叩かれまくった揚句行方知れずになってて、可愛い妹は精神病棟で今も入院してる、ってしょっちゅう恨み辛みを零してやがった」
 「わんつか待て、そのあんこんじょって(ちょっと待て、その兄妹って)」
 ハルドルはオフィスチェアを滑走させ円卓の前に滑り寄る。 先のフォルダーを見、切り抜き記事を漁って一枚を探し当てた。 裏で第一次魔法少年十字軍が壊滅した、放火事件の後日談。 媒体は新聞ではなく下世話な二流週刊誌の記事である。
 発行当時で半年前の放火事件の関係者である事と、実名こそ隠されているが、本文をざっと舐めただけで事件と関わりがある事が解ってしまう無意味な配慮。 記事の文面上だと、事件で失踪した長女は親に擦り寄る下劣な風俗嬢扱いの仕打ちを受けており、次女は頼れる親戚もなく悩み果てた結果精神病棟に送られ、犯人の第二子である長男の怪我は完治したが、姉の悪評によって深刻な虐めを受けている、とある。 読んでいて頭が痛くなる、読後に後味の悪さだけが残る、身勝手なゴシップ記事。 
 「魔法少年のこいつが、もし変な逆恨みでもしていたら… 居場所は何処だ!?」
 「わからねぇ、ジェムが生きてるのは解るが、多分隠れ蓑の魔法かなんかで… 畜生、だまくらかされてやがる。 位置が見当もつかねえ!」
 「新聞の記事! 何かしら載ってるかも」
 慌ててトーリスは最初に取り出された切り抜き、事件を報道した新聞記事を読み解いていく。 加害者はどうでもいい、兎に角個人情報の一欠けらでも、被害者達三人の名前、性別、年齢…。
 「あった!」
 記事の冒頭に被害者達の名前。 トーリスは朗読する。
 「…スカヤ、長男がイヴァン・ブラギンスキ、次女がナターリヤ・アルロフスカヤ…」
 オフィスチェアの滑走音。 ごく短いタイピング。
 「イヴァン・ブラギンスキ… ハルドル! 警察のサーバー」
 「もうハックしてら! 失踪者、犯罪者、犯罪歴どれサもヒットねし(もうハックしてる! 失踪者、犯罪者、犯罪歴どれにもヒットなし)」
 アーサーはフェリクスのジェムが眠る標本瓶を丁重に抱え、使い込まれたスニーカーに急いで履き替える。