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雪の降る町

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「彼女が連れて行かれたら、他の子どもたちの居場所が分かるかもしれないな」
「そんな、だ、ダメですよッ!」
「はは、さすがにしないさ。ちゃんとボディガードもつけるって言っただろう?」
 現に目の前で派遣する女性に連絡を取っていた。レオナルドも会ったことのある信頼のおける人だ。事務所で待機しているクラウスにも報告を入れているし、心配することなど何もない。だけど、スティーブンの様子がどこかおかしく感じて勘ぐってしまった。
 もう一度公園に向かって子供たちと男が消えた林を探索した。しかし事件から一週間以上が経っているし、周辺は警察も捜索済みだった。木々の間を歩き回ってやっぱり何もないことを確認して振り返ると教会の十字架が見えた。
 伝承の中の吸血鬼はニンニクや十字架で撃退できるけれど、血界の眷属はそれでは太刀打ちできない。どんなに神様に祈りを捧げても敵わないのだ。

 安アパートの自宅まで送られて帰ったころには真っ暗だった。
 日中不在にしていたお蔭でぬくもりはひとかけらもなく、干した服は乾いておらず、とにかく明かりをつけて暖房を入れなければとスイッチを触った。
「あれ?」
 つかなかった。灯りも、暖房も、電化製品は何一つ。慌てて窓の外を見ても普通に灯りは点っているし、窓から首を出して同じアパートの他の部屋を確認しても何の異常もない。停電状態なのはこの部屋だけだ。
 真っ暗で不便と言えば不便だったが、夜目だけは利く。というか目自体が発光しているぐらいなので、冷静に玄関に戻ってポストインされた手紙をかき集め、電気代滞納による送電停止の通知を見つけた。この寒い日においては死刑宣告のようだった。
 そのまま布団をかぶって寝る選択肢もあったが、風呂も入れないし着替えも乾かない。困り果てて生乾きの洗濯物を鞄にかき集めると事務所に向かった。恐らくまだ誰かしらが残っているだろうし、ひとまず一晩だけ暖房のあるところで凌がせてもらおう。ついでに服も乾かしたい。
 なるべく静かに扉を開けて控えめに「すいません」と声をかける。中は最低限の灯りだけ残して消灯済みだった。灯りがあったのはただ一つ。スティーブンの机だった。
「どうしたんだ、さっき帰ったばかりじゃないか」
 そうですよね、同じ車に乗ってましたもんね。バツが悪いにもほどがある。
「ちょっと、自宅の電気止められちゃいまして……」
 暗いのにどんな表情で見られているかわかってしまう。眼がいいとかそういうことは関係なく。
「仮眠室が空いてるよ」
「すいません……」
 仮眠室へ向かう前にハンガーラックに鞄から引っ張り出した服をかけていく。背中でこちらを見ているに違いない上司からはコメントすらなかった。振り向くまい。気にするまいと心で唱えて仮眠室にこもり毛布を被る。被ったが、二時間ほどで目が覚めてしまった。一緒についてきた相棒の音速猿が寝ぼけて目元を殴ってきたのだ。非力な猿と言えども急所はさすがに効く。
 目が覚めたついでに水でも飲もうと仮眠室を出ると、まるで時間が経っていないみたいにスティーブンは机に向かっていた。この人はこうして徹夜を重ねて整った顔にくまを作るのだ。それで多少やつれたって様になるから狡い。男前はそれだけで得なのだ。
 あんまりにも静かで、スティーブンは扉の音に敏感に反応した。
「ああ、すいません」
「いや、いいよ。眠れないかい?」
「ソニックのせいで起きちゃっただけで家のベッドより寝やすいです」
「そいつは良かった」
 無防備にあくびをして体を伸ばすと、スティーブンはまたすぐに卓上のパソコンに目を落とす。これはもうしばらく眠るつもりがないんだな。
 お節介心が首をもたげて、机の端で空になっているカップを回収して紅茶を入れてきた。好みなんか聞かずにミルクティーにした。
「コーヒーが良かったんだが」
 言うと思いましたよ。
「それじゃ眠れなくなりますよ」
「眠らないために飲むに決まってるだろう」
「ちょっとぐらい寝た方が効率上がるっていうじゃないですか」
 文句を言いながらも素直にミルクティーを飲み干してくれた。
「なんだったら俺がソファに移動しますからベッド使ってください」
「いいよ、どのみち今日は眠れそうにないんだ」
 仕事が終わらないという意味ではないようだった。モニターにはマリーの自宅付近のGPSマップが開かれている。彼女はちゃんと自宅にいるようだ。
「あの事件のことですか」
 尋ねるとマップを閉じられた。大きな片手で目をこすりあげながら前髪を掻きあげる。意外と雑な仕草をする。
「まあ、色々あってね」
 話したがらないことは聞くべきじゃない。そう思う半面で拗ねる自分もいる。あんまり信用されていないのかって。そういうことじゃないのはわかるんだけど、眠れないほど気を取られることなら尚更打ち明けてほしいような。だけど、同じライブラの仲間であっても彼とはそれほど親しいわけじゃない。それどころか頻繁に顔を合わせるメンバーの中では一番距離がある気がする。
 仕方ないのかもしれない。だけど、暗い闇に包まれた広い事務所で二人きりでいると無条件に距離が縮まるような妄想に囚われる。
「こちらはいいからゆっくり休んでくれ」
「……はい」
 レオナルドはあっさり引き下がって仮眠室に戻った。それから間もなく予備の枕と毛布にソニックを乗せて再び出てくる。
「レオナルド、仮眠室で寝ていいって言っただろう」
「いやー、あそこのベッドは柔らかすぎて、スプリングもクソもないベッドに慣れた貧乏人は逆に落ち着かないんでこっちで寝た方が休まるっす。お気になさらずに」
「さっき寝やすいとか言ってなかったか」
 そんな鋭いツッコミは無視だ。応接セットのソファは充分な長さがあって、そこに枕と毛布と相棒をセッティングして速やかに横になった。
「あと僕、明るいの気になる方なんでなるべく早く切り上げてもらえると助かりますんで」
 言うだけ言って何か言わせる前に「おやすみなさい」で会話を打ち切った。
「……やれやれ。灯りが気になるも何も、君真昼間に寝てたことだってあったじゃないか」
 もっともなつぶやきだって毛布の下で無視だ。もう眠ったのでさっぱり聞いてません。
 それでも間もなくデスクライトが消えて仮眠室に引き上げたのが音でわかる。目を瞑って横になるだけでも休まるというし、何かが少しでも癒えるといい。

 次にレオナルドが覚醒したのはギルベルトとクラウスが出勤した際だった。室内にスティーブンの姿が見えなかったので仮眠室まで起こしに行った。
 心なしか触った金属のドアノブが冷たい。妙に思いながら薄く開けると明らかな冷気が溢れだしてきて、慌てて灯りのスイッチを入れた。外より寒いんじゃないか。
 蛍光灯の光で照らされた室内を見た途端に愕然とした。床から壁から天井まで氷が這い上がって霜が雪のようにパラパラと降り注いでいたのだ。
「スティーブンさんッ!?」
 ベッドの上で眠っているスティーブンに飛びついた。ベッドは足元以外は氷を免れていて、顔を触ると体温は低かったが呼吸はあった。
 眉間にしわを刻んで唸りながら目が開く。
「……レオ?」
作品名:雪の降る町 作家名:3丁目