魔法少年とーりす☆マギカ 第九話「ウラル・オパール」
「僕はイヴァン・ブラギンスキ」
赤い箱の蓋を開けながら、イヴァンは名乗りの口上を述べる。
「お姉ちゃん、イルーニャ・ブラギンスカヤを魔法少女の世界で失って、人間達の社会に二度殺された、可哀想な、魔法のニコラエヴナ皇女の弟」
肌寒い、ときわランドマーク展望台屋根の上。 ワンレンに挟まれたフェリクスの瑞々しい額に、大粒の汗が伝った。 赤い箱の中には、白いクッションに固定された、二重剣標、十字架、巴を頂点に掲げるグリーフシード。 イヴァンは大きな手で一片に鷲掴み、掌で胡桃を弄ぶ様に小さな激突音を鳴らした。
「僕は復讐に戻って来たんだ。 僕達の居場所は僕達で作る。 魔法少女と魔法少年達だけの、平和で楽しい世界を作るんだよ。 この三人に手伝って貰うんだもん。 君も手伝ってくれるよね?」
死体に殺人を手伝わせる? こいつは何を言っている。 狂人を見る目付きで緋の魔法少年は、壊れた人工知能ロボットの玩具染みて、脈絡のない与太話を口にするこの少年を呆れ半分で目視する。 イヴァンは小さな紙を手にしている。 幼稚に首を傾げ、紙と三つのグリーフシードを見比べた後、
「これはこの子で、これはあの子…」
力任せに無理矢理に、魔女化遺体達の額にグリーフシードを押込んだ! 陥没する事なくグリーフシードは各々の親の肉体に潜り込み、黒い煙を僅かに散らして消えた。 おぞましいが不可解な行動に、フェリクスは強がって見せる。
「…何も、起きる訳ないし。 まじ、ありえんわ。 こんな、意味分からん事」
「ソウルジェムを持たせれば、持ち主の子は生き返るんだよ。 グリーフシードだって、力があれば、穢れを沢山移してあげれば、きっと生き返るよね!」
冷気が辺りを支配した。 吹雪の様な魔法の白煙がイヴァンを覆い隠していく。 白を穿つ、半身のもげた鷹を象った金色の杖。 遅れて、向かって左の額に収まったソウルジェムを強調する、赤と白と焦げ茶の外套を金で纏める、羽根飾りのついたベレー帽。 帝王のような華やかな戦装束に身を包み、イヴァンは威厳と共に姿を現した。 訳の分らぬ戯言を阻止せんとフェリクスは突進する! しかし予想以上に容易く往なされ、フェリクスの軽い身体は姿勢の立て直しに失敗し一回転した。 杖を垂直に掲げ無色の魔法少年は緩やかに唱える。
「ソグノ・テネブラ【暗闇の夢】!」
何と… 半透明のソウルジェムから穢れが漆黒の煙状に噴出し、金色の杖の先端に纏わりついていく。 綿飴染みて絡み付く闇を十二分に貯めて、イヴァンは杖を二回転させ黒を虚空に放出した。 人間の演武染みて地味極まりない光景。 フェリクスは油断した。 その瞬間。
「うわぁァあぁア!?」
瞬時空は黒く淀み、暴風域の只中の如き烈風を撒き散らす! フェリクスの身体は容易く吹き飛び落下寸前! 鋭利な緋の光をタイルに叩き込み、緋の魔法少年は猛烈な黒き旋風に耐える他手立ては無い! 目と喉に走る真綿で締められる様な痛み! この極限状況下でイヴァンはふざけた笑い声を散らしている! 一分と立たずして烈風の猛攻はやんだ。 重く、激しい鼓動が聞こえた。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第九話「ウラル・オパール」 作家名:靴ベラジカ