さよならヒーロー
最新刊は一度瀕死に追い込まれた主人公が相棒に助けられる話だった。一冊読み飛ばしているので経緯がわからないんだけど。
チビで特別な力もないし良いヤツでもなくトラブルメーカー。ただ恩人である主人公だけは裏切らない、役立たずの相棒が死を意識した主人公を担いで引きずって川に飛び込み難を逃れる。瀕死の人間にそんなことしたらどのみち死ぬだろうが、そこは少年漫画のお約束だ。主人公が目を覚ますと善良な村人に拾われて家で寝かされているというわけだ。
一度戦いに敗れても死なない主人公。生きている限りいずれ次の戦いに立ち向かうようになるのだ。そうでなくちゃ物語はバッドエンド。強敵が現れたって最後には勝つものと決まっている。
パラパラとページを進めて、主人公がひょんなことから新たな力を手に入れるところで話は終わっていた。
「ツッキー読むの早いね」
僕の買ったペットボトルを持った山口が読み終わりを待って口を挟む。
「ちゃんと読んでないから」
「そうなの?ここの街灯暗いし読みづらいもんね」
もう用はないマンガを差し出すと、案の定ほとんど中身の減っていないペットボトルが返ってきた。返ってこなくていいんだけど。
山口は手元に戻されたマンガを最初のページから丁寧にめくっていく。もう何年も続いている大人気シリーズでこんな展開も何度目かだと思うのに、山口は真剣な顔で紙面を追っていた。明かりの少ない公園だから顔に濃い影が落ちていて細かい表情はわからなかったけど雰囲気でわかる。
「山口、ホントこのマンガ好きだよね」
馬鹿にしたつもりだったんだけど、山口はわざわざ顔を上げて機嫌良さそうに頷いた。
「好きだよ」
そりゃそうだろう。こんな夜の公園で友達と二人きりでいても読み始めちゃうんだから。おかげで僕は美味しくないジュースと一緒に取り残された。
怒って帰るほど不満でもないし、面白いわけでもない。手持無沙汰で明るいコンビニの方向を見ると、こんな時間の割に人の出入りがあった。読書中の山口と二人きりの公園の中では時間が止まったようなのに、公園から一歩出た道路やコンビニでは人が行き来してちゃんと時間が流れている。
いつまでこうしているつもりなんだろう。だけど急かして「ごめんツッキー」なんて口癖になっているフレーズで謝られたいわけでもない。黙って街灯の光に照らされた頭を観察していた。すぐに帰らなくても誰も困らなかったから。
時計を見るともう立派に深夜だった。
肩には何もかかっていなくて、悲劇も背負っていない、フツウの高校生の、なんてことのない一日が終わろうとしていた。