ワルツ
似たような建物が並ぶ通りの片隅にランブレッタが停まった。
「そっちじゃないって言ったっしょ!」
「うっせー!てめぇの眼力ナビがポンコツなんだよ!」
「大体最初に近道知ってるとか言って別ルート走って来たのアンタじゃねーか!」
「お前だって“見ればわかります”とか言ってわかんなかっただろうが!」
狭いスクーターの上で喧嘩して気が済んだところでいそいそ引き返した。現場への直行指示で来たものの、目印が少なく、同じ規格で建てられたビルが整列した林を作っているエリアだ。道端にカワイイ女の子や小銭が落ちているたびに気を逸らせて、そんなザップさんに苦情を入れている間に曲がらなければならない角を通過して、迷子になっていた。
いや、戻ればわかる。現場の建物自体は幻術で偽装されているから、僕が見れば間違えようがないんだけど。
ひとしきり争って満足したところで来た道を戻った。先に向かった上司の車はもう到着しているだろう。今回の作戦はクラウスさんとK・Kさんは外されている。
それというのも、行き先が孤児院なのだ。マフィアの根城が孤児院。厄介そうな上に、人に情をかけすぎる人、子供に弱い人を連れていくと更にややこしいことになる。そういう判断で選抜された。どのみち他でもやることがあったので、居残り組の二人も事務所にはいないんだけど。
僕は非戦闘員ながら、相手が高度な幻術を使うとわかってみんなの眼役で同行している。
目的の通りで曲がって少し行くと、目的の建物の手前で上司の車を発見した。
「お、いたいた。っつーか何やってんだ番頭」
道で小さな女の子たちに囲まれている。拾ったボールを渡したついでに何か話しているようだ。孤児院の子供たちなのかもしれない。作りものじゃない微笑みをたたえていた。ああ見えて子供は嫌いじゃない。
「お前のダーリンは幼女にもモテモテやのー」
「やめてくださいよ」
口には出さないが、昨夜も恋人関係なんかじゃなく、まるで親みたいな口ぶりで話をされて段々と自信がなくなってきたところなのだ。過剰なスキンシップだけが自信を繋ぎとめていると言っても過言ではない。それもあくまで行き過ぎたスキンシップであり、いつまでたってもセックスにはならなかった。
「ちゃんとお付き合いする約束したわけでもないし」
「じゃあセフレかよ」
「だから違いますって」
「まだ手出されてねーの?ゲイ向けのエロ下着売ってるとこ教えてやろうか?」
「何でそんなん知ってんだよ」
勘違いされたくないんだけど、肉体関係が欲しくて焦れてるんじゃなくて、気持ちの上で彼を受け入れると決めた時に思い描いた付き合いとの差に戸惑っているというか。不安なのだ。
唸りながら白い背中にヘルメット付きの頭を擦りつけるとザップさんが焦り出す。
「オイ、やめろそれ。いつ番頭が振り向くかわかんねーだろッ」
焦らなくてもあっさり「君シュミ悪いな」なんつって終わるんじゃないかな。最近そんな気がする。
幸か不幸か上司は振り向くことなく、建物近くで合流して少数精鋭のチームは突入した。僕はザップさんの背中に隠れながら見えたものを伝えてサポートする係だ。人類に見せかけた異形の職員を片っ端から行動不能にしながら進み、隠し階段を見つけたところで空間に対する偽装は終わった。そこから先の事務所を制圧するのにも時間はかからなかった。偽装といってもビルとビルに挟まれた狭い敷地内であることには変わりなく、敵組織の規模は見た目通りだったのだ。
みんなの技術の賜物で、収容されていた子供たちは人質に取られた瞬間もあったが無事だった。
一仕事終えて幻術の解けたみすぼらしい建物から出て、めいめいに過ごす中、上司は一人だけ忙しく電話をかけまくっていた。保護した子供たちの対処があるので単純な制圧作業のときより面倒があるらしい。
その足元にさっきの少女たちが集まってくる。彼女たちはずっと外で遊んでいたので、幻術が解けて突然見た目の変わった自分たちの“家”に驚いた様子で。
上司が優しげな営業用の表情を作って屈みこんだ。目線を合わせてゆっくり喋る。
「驚かせてすまなかったね。もうここには住めないけど、新しい家を用意しているから心配はいらないよ」
少女が驚愕で取り落としたボールを拾い上げた。数分前のやり直しみたいに。受け取る格好で少女が手を上げる。
「スティーブンさんダメだッ」
咄嗟に叫んだ。いたいけな少女の手が指の先から裂けて肉片のまとわりついた銃口が剥き出しになる。一瞬の出来事だった。
十メートル先にいたツェッドさんとザップさんが得物を構えるより速く、少女の足元から発生した氷が腕の先まで包み込んだ。
「う、あ、あ、あぁ……」
首から下の動かなくなった少女たちが化け物を見る目で彼を見る。腕から銃を生やした彼女たちの方が歪なのに。それを見る彼の顔には何も浮かんでいなかった。
呻きが嗚咽に変わる彼女たちにはもう目もくれずに電話をかけ、保護施設のキャンセルと、武装した研究施設の手配を無感情に済ませる。それから視線をよこさないまま「助かったよ、レオナルド」と。
「やっぱりクラウスたちを連れてこなくてよかった」
呪詛みたいな女の子たちの嗚咽が耳にへばりつく。彼はそれを一身に受け止めていた。
帰りも行きと同じくランブレッタに相乗りだった。お互い往路よりテンションが低く、やっと口を開いたのはザップさんだった。
「動いたら腹減ったな」
「そっすね」
「ラーメン行くか、ラーメン」
「いいっすけど……」
赤信号で停まったついでに足を蹴られた。
「いってぇ」
「その暗い喋り方、うっぜんだよ」
「だからって蹴ることないでしょ!」
信号が変わって再び走り出すと、またしばらく黙った後に喋り出した。
「すげえよな、番頭。あの速さであそこまでやるかよ。しかもガキ相手に容赦ねえの」
「…………」
「ま、躊躇ったり容赦したりしてたら自分の葬式の手配する羽目になってただろうけどな」
「…………無事でよかったです」
「ホントに良かったとか思ってるように聞こえねえな」
「いや、ホント。仕方ない場面だったじゃないですか」
全てザップさんの言うとおりだったし、すっきりしない事件なんかいくらでもあった。その中の一つがたまたま今日だっただけだ。
「面倒クセェな。お前も旦那たちと一緒に別行動のが良かったんじゃねえか」
「バカ言わないで下さいよ。今回は僕の眼がないとダメだったでしょ」
「ケッ。マジでお前って番頭と正反対だよな。これしきで凹みやがって、顔色一つ変えないあの人見習えよ」
「は?」
どこがだよ。言いかけた言葉を飲みこんだ。多分、以前の僕だったら同じように思っただろう。無表情でも心まで凍り付いたような人じゃないってことを理解したのは肌に触れ合うようになってからだ。
「やっぱお前メンドくさがられてんじゃねーの?」
「……ッスかね」
「いちいち辛気クセェな。大体お前、眼のことが片付いたら実家帰るんだろ」
「え?まあ、そりゃあ……」