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ワルツ

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「あ、小銭だします」
 レジ係が紙幣だけ回収するのにストップをかけてポケットを探した。確かコインがあったはず。
 だけど見つからなくて、そういえばさっきツェッドさんの会計で横から出したのを思い出した。レジ係が面倒くさそうな顔でこっちを見ている。銀貨一枚。一枚あればいいだけなのに。
 必死であちこちのポケットを探る指先に丸いものが当たった。
「あれ?」

 一人きりのアパートのボロいベッドに寝転がって細いリングを眺めた。
 プラチナで、内側にイニシャルの“E”が彫ってある。エレン、イライザ、アイリーン、エミリー……。どんな人かはわからないけど、あの様子からして女性側から贈られたんだろう。ねだられたとしても残るものをすぐに別れる前提の相手に買ってやる人には見えないし。とすると、金持ちのお嬢さんとか。
 指で弄んでいるうちに指にはまってしまった。といってもサイズが大きいのでぶかぶかだし、すぐに抜ける。あの人は長さもあるせいでそんな風に見えないけど、結構しっかりした指をしている。手なんか繋ぐと同じ男なのに結構差を感じて密かに凹んだこともあった。
 指に引っかかったままのリングをぐるぐるまわしていて傷を見つけた。高そうな指輪なのに。
「ん?」
 何かが脳裏に浮かびかかる。
「なんだっけ」
 外からけたたましいクラクションの音が飛び込んでくる。壁も薄けりゃ窓も薄いから仕方ない。諍いがない夜の方が落ち着かないぐらいだ。
 窓からチラリと外の様子を確かめて音の発生源を見つけた。車。この間ドライブインシアターに連れていかれたのと似た色の。
「あ」
 頭の中にノイズ交じりのワルツが流れ始める。指輪。見たことのある映画。
 それはこの街に来たばかりの頃だ。
 住む場所と当面のバイト先だけ確保した途端に金をすられ、早くも挫けそうになっていたとき。
 野外で映画上映会をやってるのを見つけて、アパートにテレビさえなく時間の潰し方にも困っていた僕は座り込んだ。周りは異界人ばっかりで怖かったけど、意外とみんな人類と同じ調子で映画を楽しんでいるみたいだった。友達同士らしいグループもいる。一人で見ているおじさんもいる。カップルもいる。
 そんな中で酔っぱらった異界人のチョウチンアンコウみたいな触覚が光って、僕の座った一段前の地面で何かが光った。
 小銭だったらねこばばしたい。そんな気持ちで拾ったら、高そうな指輪。まだそんなものを贈る相手もなかったし詳しくはなかったけれど、結婚指輪だとか、そういうものだと直感的に思った。
 これを落とした人は切ないだろう。自分なんかそんなに沢山は入っていない財布をすられただけでこんなに落ち込んでいる。金額換算したらこの指輪の方がよっぽど高そうだし、思い入れで見たら財布なんていくらでも取り戻せるものだった。でも誰かと交換した指輪に託した気持ちは買い直せばいいってもんじゃない。
 あたりにはたくさん人がいて、まず手の形状が人類と違う異界人ばっかりだった。この街での失せ物に関して警察はまったく役に立たないことは知っていたので、心の中で妹に謝りながら瞼を開いた。
 神々の義眼―妹の視力と引き換えに未知の存在から強制的に交換された特別な眼球。なんだかよくわからない代物だったけれど、与えられてから数週間かけて使い方を学んだお蔭で少しは便利に使えるようになっていた。ただ、これの代償が重すぎて、私利私欲には絶対に使っちゃいけないと誓っていた。今回は悲しい思いをしている誰かのため。許してくれるだろう、ミシェーラ。
 指輪に残るオーラの残滓は人類のもののようだった。指輪自体が小さく、そこに残る痕跡も少なすぎて手がかりには不十分だったけど。上映会場にいる人類に限って見渡すと多少は絞り込みが出来る。そこから歩き回って、それらしい人物に尋ねて回った。
 持ち主が見つかったのは映画も終わり頃。プラチナブロンドの派手なワンピースの女性で、大げさに喜んでくれた。お蔭で映画はほとんど見れなかったけれど、探してよかった。少し心が晴れた気がした。彼女は手を振って長身の恋人のもとへ走って行った。
 急速に鮮明さを増す記憶の中の景色に、いた。
「スティーブンさんだ」
 長身にブルーのシャツを着た黒髪の人。あの時の指輪にも確か傷があって、内側にも文字が彫ってあった。
 ライブラに入る前の話だ。直接話したわけでもない、指輪の女性の連れのことなんかちっとも覚えていなかった。
「だから預けるなんて言ったのか」
 どこからか走ってきて肩から腕を伝ってきた小さな音速猿・ソニックが指輪を奪って自分の腕にはめて遊び始めた。崖のぼりをする人が肩に担いだロープ束みたいなバランスだ。
「こらこら、後で返すんだから失くさないでくれよ」
 瞼の裏にプラチナブロンドの女性の姿がちらついた。スタイルが良くて長身で、彼と釣り合いの取れた美人だった。もう何か月も前のことだ。
 この指輪を渡した時のことを彼が覚えているなんてことがあるんだろうか。少し距離もあった。仕事の関係で交際していた相手ならば、あの瞬間も仕事中のようなものだったろう。
 ライブラで出会ったときにもまるで初対面の扱いだったし。信じられなかったけれど、それ以外に接点のない指輪がこうして手元にある。
 ソニックがフラフープみたいに掲げて回した指輪が、窓から入り込むネオンサインのチカチカした光を反射してきらめいていた。
作品名:ワルツ 作家名:3丁目