花束を買いに
「もう4日目ですね」
「ミッシェルさん、ほんとに迎えに行かなくていいんですかい?」
「ええ、心配でしたら皆さんが行ってあげてください。
私は行けませんが」
「んなこと言われてもねえ」
「そうだな、ミッシェルさんを差し置いて船長を迎えに行くのはなあ・・・」
トーマスが船を出た翌日、姿の見えない船長を捜していたルカを始めとする乗組員に「心配ない」とミッシェルが声を掛けた。
詳しいことは分からないが、その話しぶりからして、彼が船長の不在に関係しているのは明らかだった。
しかし本人が話さないのを、聞くのも憚られ、すっきりしないまま今に至っている。
「・・・まあ」
と副船長のルカが話をまとめる。
船員たちの間では、二人が喧嘩をして、船長が家出ならぬ船出を決行したのだと
そんな話になっていて、
ミッシェルに迎えに行って貰えばきっと船長の曲がったへそも治るだろう、と結論づけられていた。
だがルカは、立場上あらゆる可能性を視野に入れなければならないこともあり、
もう少し慎重にことを見定める必要があった。
「船の整備はまだ時間が掛かりますし、今すぐ船長が必要なことはしばらくありませんから、放っておきましょう。
ね、ミッシェルさん?」
船員たちを押さえるために、ミッシェルに同意を求めたのだが、彼は珍しく上の空で、寸の間があいた。
「え?・・・あ、はい、そうしましょう・・・
では私はこれで」
「・・・船長もだが・・・」
「あっちも心配だよなあ」
「そんなこと言っても、僕たちにはどうにも出来ませんよ」
「冷たいっすね、ルカ副長」
「ちげえよ、こう見えて副船長だってなあ、心配であんまり寝てねえんだ」
「うっそ、そうなんすか?」
「うるさいですよ!仕事に戻ってください」
「へーーい」
二人の背を見送り、ルカは甲板に出た。
空を見上げると薄い雲が流れている。
その表情は暗い。本当は不安でたまらないのだ。
トーマスはどこへ行ったのか、何故出て行ったのか、いつ帰ってくるのか。
しかしそんな弱音は誰にもはけなかった。
船長不在の今、自分がしっかりしなければいけないのだ。
ルカの唯一の救いは、マストに留まる一羽の白鳩。
トーマスの親友である彼が、のんびりと羽繕いしているうちは、慌てることはないのだと自分に言い聞かせていた。