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比翼連理 〜外伝2〜

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5. 幽戯

「さぁ、これが、真実なのですよ…ハーデスさま。我が片翼の内に秘めたる暗愚な願い、抗えぬ本能の行く末」

 金の繻子を一纏めにしたようなヒュプノスが妖しいまでの笑みを瞑目するハーデスに差し向けていた。たゆたう闇に包まれた最深部で眠りにつくように玉座で腰掛けていたハーデスの元にひょっこりと現われた黄金色の影はごく当然のように その足元に跪くと、少し離れた場所に白い布を広げるような空間を作り出した。スクリーンに映し出されていく映像のようにぽうっと光りを放ち、さながら小さな映画館のようでもあった。
 そこには照りつく太陽のような眩しい黄金を纏うヒュプノスとは違った春の木漏れ日のような、暁の光のような金色の人物が映し出されていた。その傍には月色を纏うヒュプノスと姿形を似した者。咲き乱れ、散る花の吹雪の中で睦み合うようにしか見えぬほど、互いの影が重なり合っていた。
 心掴むこともできず、ただダラダラとコマ送りされる出来の悪い映画を漫然と観るように感情の一切を切り捨てた双眸のまま瞬くこともせず、ハーデスは眺め見ていた。

「―――なぜ、おまえは今更、身内の恥を晒す?あれらが常軌を逸したとしておまえに齎すは何だ?」
「私に齎すのは…妙なる闇の調。とろけるように芳醇な闇の心に満たされた……あなたの心」
「既に終わったこと。過去を取沙汰しても意味無きものだ。おまえがそれを望むならば、余は与えることはできぬだろう」

 うっとりとハーデスの言葉に聞き入っていたヒュプノスは儚げではあったが、残酷な微笑を浮かべた。

「すべては過去のことだと?果たしてそうなのでしょうか。ならば、なぜタナトスは私を見つけることができないのでしょう。なぜタナトスは今、この場にいないのでしょう――」
「ヒュプノスよ、今一度、おまえに問う。おまえの望みは何だ?」

 己が抱く奥底の闇さえもすべて略奪する様な凍てつく氷柱の眼差しをハーデスに向けられたヒュプノスは押し黙った。

「おまえにとって余はすべてであろう。そして余にとっておまえは闇を構築するかけがえのない者。螺旋の契りのごとく、其れから逃れることはできぬ」
「そして――我が意識を穢し、混濁の沼に堰き止め続けるのか!」

 憎悪の塊を吐き捨てるように剥き出された感情の波をヒュプノスがぶつけた。しかしハーデスは微風を受け止めるように微かに睫毛を動かすに留まり、湿った笑みを口端に乗せた。

「完成された組曲。奏でられる音が一つとて欠けることなど余は許さぬ。たとえ、おまえが余を裏切ろうとも。たとえ、タナトスが秘める闇の想いを遂げたとしても。ただ我の中に闇の産声を上げたに過ぎぬ。今またその罪が形を変えてタナトスとシャカの間に繰り返されたとして、あれらが罪の意識に苛まれ、その間に苦悩が芽生えるのだとすれば―――それは妙なる闇の一滴だと思わぬか、ヒュプノス。そして余の中で生まれるであろう憎悪と嫉妬という矮小な感情ですら、余の血潮となる闇となり、奏でられる音の一つと成り得る」

 整えられた爪先を玩びながら、多層を成す闇の一つを開示するようにハーデスは静かに語った。ヒュプノスは身震いさえ伴いながら、未だ膨張し続ける暗黒の闇に吸い込まれていく幻をみた気がした。


作品名:比翼連理 〜外伝2〜 作家名:千珠