黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 22
ガルシアは立て続けに、あらゆるものを溶かし、腐敗させる毒水の波を立てた。
「ぎいやぁ! いててて、ヒリヒリする!」
毒はバルログの表皮を溶かすが、真皮までは至らない。切り傷に柑橘の果汁がかかった程度の痛みしか与えられない。
「魂の一閃、『デスチャージ』!」
ガルシアの影が具現化し、空間に現れた大鎌を持って、バルログに切りかかった。
「おっと、そう何度も食らわんぞ!」
バルログは大槌で斬撃を防いだ。
「……ちっ、しぶとい……」
ガルシアは恨めしく舌打ちする。
「ぐふふ……、俺様を他の奴らと一緒にしないことだ。何しろ俺様は、デュラハン様直々の舎弟だからなぁ!」
「……死霊の誘い、『デスフォーチュン』!」
バルログが得意そうに、やかましい笑い声をあげている隙をついて、ガルシアは死霊の力がこもった刃を飛ばした。
刃は見事にバルログの胸に突き刺さった。後は間もなく、死霊がバルログの魂を持っていくだけである。
「おわ、わ、わあっ!?」
バルログは慌てながらも、胸の刃を弾き飛ばした。
「ああ、危ないだろ貴様! これは洒落にならんぞ!?」
ほぼ確実に、相手を死に至らしめるはずの刃も通用しなかった。
「まさかこれすらも通用せんとは……」
黒魔術はどれも、バルログに通用しないこととなった。どのような攻撃をしたところで、バルログを仕留められる一撃は与えられない。
「ならば、これしかない……!」
ガルシアは魔道書のページを繰る。たどり着いたのは、黒に紅の縁取りがされた鳥の挿し絵のあるページである。
「地獄の眷属召喚、『サモン・イビルホーク』!」
ガルシアの詠唱と同時に、魔道書に描かれた鷹が顕現した。
「暗黒の翼、『ブラックウィング』!」
本から出現した鷹を、真の姿と変える。
「行け!」
イビルホークは甲高い声をあげながら、バルログへ向けて飛んでいく。
不意にバルログは口元に笑みを浮かべ、自らに迫り繰るイビルホークに手を向けた。
「キュ、キュキイ……!」
イビルホークは苦しそうな声を上げ、動きを止めてしまった。
「イビルホークよ、お前は魔物だ。ならば高位魔物の前にはひれ伏さねばな?」
「ギュイ……!」
イビルホークは鷹の姿に変身し、バルログの腕の上に止まった。
「そんな、イビルホークが!?」
イビルホークは、バルログの手玉に取られてしまった。
「ふふん、俺様の能力をなめてもらっちゃあ困るぞ。俺様はビーストサマナー、魔獣の召喚師だ」
バルログには、魔物を召喚する力があった。これは彼の二つ名のもとになっている。
魔の力をもった獣の類を召喚するのは、バルログにとって非常に簡単なことだった。そのため、ガルシアが召喚した魔獣といえども、バルログの力の前では、バルログのものになってしまうのだ。
「フフ……、もっと面白ものを見せてやろう……」
バルログはガルシアに手を向ける。
「スタンバイ・エグゼ!」
「ぐっ、何だこれは!?」
ガルシアの魔道書から、何かが引き抜かれていった。紫色の物体が宙を舞い、バルログの側に着地する。
物体の正体に目の当たりにし、ガルシアは驚愕した。
「そんなバカな、ハウレスが……!?」
ガルシアは魔道書を急いで確認した。『サモン』を扱う章の四つ目、ハウレスのページから、ハウレスの挿し絵が消えていた。
バルログの手により、魔道書からハウレスが無理矢理出現させられてしまったのである。
もとの使役者であるガルシアが分からないのか、ハウレスはガルシアに向けて牙を剥いていた。
「く、ハウレス……。バルログ、貴様……!」
「フフフ……、飼い犬に手を噛まれる気持ちはどうかな? まあ、こいつは豹だけどな!」
これまでの所、ガルシアの使ってきた魔獣の中で、一番強いハウレスが敵の手に落ちてしまった。
他にもイビルホークを取られている。ガルシアはこの二体の力をよく知っている。どちらも力強く、イビルホークは空からの攻撃ができ、ハウレスは素早い動きから猛毒の爪を振るってくる。
戦況は圧倒的に、ガルシアが不利になっていた。
「フハハ……! まさにぐうの音もでまい。さあ、行け、ハウレス、イビルホーク!」
バルログが指示すると、二体の魔獣はガルシアに襲いかかった。
「くっ、毒川の流れ、『ポイズン・ストリーム』!」
ガルシアは迎撃として、広範囲の魔術を使用した。しかし、飛行するイビルホークには届かず、ハウレスは地面に潜ってやり過ごした。
「魔との融合、『サモンクロス・デーモン』!」
ガルシアは怪力を誇る悪魔、デーモンを呼び出し、融合する。すると全身が鋼のごとく強化された。
『アイアンボディ!』
ガルシアは鋼鉄のように硬くなった腕で、イビルホークの体当たりを捌き、ハウレスの毒爪を跳ね返した。
デーモンとの融合は、鉄のような防御力を得られる反面、素早さはかなり低下してしまうものだった。
反撃を加えようにも、相手取る魔獣二体は速さがあり、ガルシアの拳は届きようがない。
『クロスアウト』
やむなくガルシアは、融合を解除した。
「フフ……、どうやら、まだ召喚獣の類がいるようだな。なら、そいつらも貰おうか! スタンバイ・エグゼ!」
バルログはガルシアの魔道書から、デーモンまでも奪おうとした。
「くそっ……!」
気休め程度にしかならないが、ガルシアは魔道書を抱きしめ、中に描かれるデーモン、タナトスを守ろうとする。
「無駄だ、無駄だ! 俺様の力にかかれば、言いなりにならない魔獣はいないのだ!」
しかし、バルログはガルシアから召喚獣を奪わんとしているものの、ハウレスの時のように、魔道書から塊として出ていこうとしない。
「ぬう? 何故だ、何故出てこないのだ?」
「何だと……!?」
ガルシアは抱きしめていた魔道書を離した。そして自らページをめくってみるが、デーモンもタナトスのページも、一切の異常を来していなかった。
「どうしてだ! 俺様は召喚師だぞ、俺様の前にひれ伏さない魔獣などいるはずがない!」
バルログは自らの力に傲っており、このような例外は認められなかった。
「ふんっ! ならば、もういい。どうせどう転んでも、貴様に勝ち目はない。俺様の言いなりにならない魔獣ごと、貴様を消してくれるわ!」
バルログは、イビルホークとハウレスを伴って、ガルシアに襲いかかってきた。
「……っく!」
ガルシアは何もできずに固まってしまった。魔術はまともに通用しない上に、デーモンと融合して鋼の肉体を得たとしても、バルログの大槌には耐えられそうになかった。
「死ねぇ!」
万策つきたガルシアに、どこからともなく声が聞こえた。
ーーネクロノミコンの持ち主よ、我を呼び覚ませーー
ーーその後、我と融合せよ。さすれば汝に、死神の力を与えんーー
一つは非常に野太い声、もう一つは青年のような声色であった。
ガルシアは操られるように、声の主の言う通りにした。
『サモン・デーモン!』
魔道書の挿し絵が顕現し、屈強な肉体を持つ、金の肌をしたデーモンが出現した。
「なにっ!?」
「烈震の剛拳、『スタンマッスル』!」
デーモンは金の肩をいからせ、バルログ達に向かって強烈な体当たりを食らわせた。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 22 作家名:綾田宗