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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第十話「グリーフ・ラッシュ」

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 「まだ、まだなんよ」
大小切り傷だらけの身体をおし、吹っ飛ぶ姿勢を瞬時に立て直しつつパルクールで着地、剣劇の魔女の連続斬りを往なしながら、既に上部に穢れの溜まったソウルジェムを注視する余裕もなく、緋の魔法少年は肉体修復と同時に両腕を水子魔女達へ繰り出した。

 《アルロッコ(王の入場)!》
機銃の如き槍の一斉掃射、緋の雨霰が水子魔女共、無色の魔法少年全身へと喰らい付く! 数発直撃した剣劇の水子魔女はバランスを崩し二百メートル下地上へ転落! 虚空を眺め歌い続ける白衣の水子魔女は呪いの防壁に隔てられ負傷無し、右肩に被弾した太陽の水子魔女は構わず発射、淀む浅葱の金属線は幾度も曲がりくねり緋の猛攻を抉り取る! 無色の魔法少年は右脇腹への被弾も介せず、魔女結界と現世を繋ぐ魔性の歌唱を強行!
 結界を持たないとは言え魔女、この程度で死ぬ訳もない… 魔女を恐れ、死して魔女の不死性を手に入れてしまった者の転落現場を見、フェリクスは先輩へ恩を仇で返す他ない様に毒づきつつも床面斜めに両手を刺突! 爆発的緋の放出をエンジンにイヴァンへ突撃する! 勢いを乗せ右足に猛烈な濃度の緋を充填、悪魔の魔法少年左脇腹に猛烈な回転蹴りを叩き込む!
 イヴァンは… ノーガード。 愚かにも致命的打撃を黙して受けるか? ―否!

 《《ウィル・ウィエデラム・アベンド・エルグラウト(そうして夕日が沈む頃に)、ソル・エコー・ウンド・フェルセンワンド・ハーレン(岩壁が、山彦がこう返すんだよ) サー! ハッサン、デム・ブラウト・ガム、デル・ブラウト!(ヒューヒュー、素敵な、素敵な新しい家の主、素敵な花嫁さんって!)―》》
強化の魔法による知覚の強烈なスローモーション。 酷く拉げるイヴァンの半脇腹、尚対峙する悪魔は構えた杖を振り下ろさない! 自動修復と共に急速に濁る無色のソウルジェム。
 ほぼ完全に汚濁が満ちた鷲型の魔石、このまま魔女化するつもりか― …否! 大柄の魔法少年は金色に蜘蛛の巣の如く黒き呪いを絡め取り、濁り切る寸前のジェムから穢れを引き剥がしていくではないか! ソプラニスタの粉砕骨折した肋骨が修復されていく。 不気味な破砕音の逆再生と共に金の大杖へ絡められた暗闇は肥大化し、まるで死神の大鎌。 あまりにもおぞましい蠢きと共に、遂にイヴァンは振り下ろし、フェリクスは回避の準備姿勢を取った。

 《ビゲリッティ・インフェリ(冥界への切符)~》
間抜けな掛声に似合わぬ、異常に重く巨大な圧倒的一撃! 猛烈な衝撃、屋根上の電波塔は容易く圧し折られ、視界をもぎ取る闇と魔性が緋を蹂躙する! 直撃はしていない、どころか完全に往なした筈! だが焼ける様な猛烈な苦痛の波状攻撃、目を覆いたくなるおぞましい幻覚のパレードが華奢なフェリクスの身体を嬲り、心を容赦なく叩き潰す!
 電子が、ありとあらゆるメディアが、人間が、誰ともつかぬ化け物が彼を煽り詰り虐げ… 違う、俺はそんな事。 こんなの、ただの幻だ。 嗚呼恨めしい人間が恨めしい社会が恨めしい世界が恨めしい… これじゃ、こんなんじゃ、まるで。
 緋の魔法少年はピンボール様に二回バウンドし、ときわランドマーク非常階段扉へ叩きつけられた。 分厚い金属製に大きく残る激突痕。 暗い空の下、シルエット様に浮かぶ水子魔女達と魔性の魔法少年。 完全に開かぬ視界をクリアにせんと首を擡げ、不自然な程に深刻な汚濁を孕む緋の井桁を横目に、不利な戦場に身を置く魔法少年は息を吐き漏らした。

 「これじゃ、魔法少年の、祈りじゃない… 魔女の、呪いだし」
折れた巨大な電波塔が轟音と金属の悲鳴を上げて背中側へ圧し折れ、地上へ落下していく。 緋の魔法少年は意識を濁らせながら理解した。 こいつは、この魔法少年イヴァンは、本当に【魔女のような】魔法少年だと。
 自らのソウルジェムに溜まった穢れすらも攻撃手段に換え、他人を嬲り殺しては濁りを一方的に押し付ける、利己的極まりない― 間違いなく、過去に見た魔法少年達の魔法の中で最も、外道で最悪。 だが最強であろう彼無二のおぞましい魔法。 最早まともな良心が働いているとも思えぬサイコパスの大柄が、徐々に満身創痍のフェリクスの元へ歩み寄っている。
 日影に紛れ一層暗さを増すシルエットの只中で、新品同様のムーンストーンの様な煌めきと黒煙が、その魔女的な異様さを強調していた。

 「へえ。 やっと気付いた?」
少女の様に細い首を鷲掴み、大柄なソプラニスタは返答か独り言か、失笑を帯びた語調で言った。 フェリクスの身体は容易く持ち上がり、蹴りを入れ、反撃しようともがき暴れる両足をイヴァンは意にも返さず無邪気に細い首の上部、顎の下を文字通り締め上げていく。
 重苦しくくぐもった破砕音。 窒息と激痛に耐え切れず金髪のセミロングは眼を見開き涙を零し、涎を垂れ流したボロボロの姿で悲鳴を上げた。
 「うぐ、アガっ」
最も大きな疲労骨折の音と共に緋の魔法少年は変身が解け、抵抗をやめ動かなくなった。 脆い玩具が壊れて退屈だ、とでも言わんばかりに無色の魔法少年は人形じみた無表情で死体を投げ捨てようとした。
 途端、井桁のソウルジェムは大きな手から転げ落ち、新たな井桁のグリーフシードを産みながら汚濁を浄化。 間を置かずして新たな肉体を再構築し、もう動かないフェリクスの古い肉体は緋の炎に包まれて黒焦げに。 焼けた紙屑の様にふわりと崩れて霧散した。 産まれたての小鹿染みて両腕を震わせ、身体を持ち上げ立ち上がらんとする無残な敗残少年兵。 新しく、傷一つない新品の玩具を手に入れた歓びに、イヴァンは醜悪で無邪気な悪意を込めて笑った。
 「うふふ。 まだ遊んでくれるの? 嬉しいなあ。 楽しいなあ。 産みたて魔女の卵も使って、一杯遊んで、一杯壊して、一杯殺して、もっともっと好き放題遊ぼうよ」
不気味な程に疲労感の無い肉体を起こし、激戦に耐え疲弊した戦意を鼓舞させ、フェリクスは再び戦装束に身を包みながら言い放つ。
 「遊ばんし。 お前みたいなのが居ると、俺トモダチとも遊べんよ。 とっとと失せろし」
この上なく冗句無く真剣に右の平手を突き出し、フェリクスは、緋の魔法少年は、孤立した魔法少年十字軍は構えた。 見開いた紫の瞳を憎悪に歪ませ、イヴァンは生色を振り下ろした。