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名残の、後編

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 あの夢を見た日から、すべてがおかしくなってしまった。

「・・・・・・・・・・るせぇ」

 踵を返して再び歩き出す。
 手を離さないまま。
 後ろで、ローデリヒが手を揺らすが、それでも力尽くで持っていると、何も言わずに着いてきた。
 手が熱くて、触れた手首がじわりと汗ばむ。
 男の手を掴んで歩く成人男性はどんなもんだ、そんなことを思うが、もうしばらくはこの体温を感じていたいと思ったのだった。






 小さい頃から、なんだかんだで最後にはうまくいっていた。
 途中で少しくらいのトラブルはあっても、最後にはうまく辻褄があっていたんだ。
 だから、今回も最後にはなんだかんだでうまく行くと思った。
 思ってた。




「おお〜、ギルくん筋ええなぁ。これならすぐほとんどの料理はマスターするんちゃう?」

 俺の作ったスープを一掬い飲んで、店長は言った。正社員雇用の為に衛生管理の講義を受け、経営について学び、それからやっとレシピについて叩き込まれ、ゴールが見えてきたところだった。
 俺は拳を握り締め、よっしゃ、と叫ぶ。普通の企業に就職するよりは、こうして料理屋をやっているほうがまだ自由が利くため、俺には合っているように思えた。

「ほんなら、次はメインの料理やで。きっちり勉強せぇよ?」
「おう!任しとけ!」

 言って煽てられるままに腕まくりをし、漬け込んでおいた牛肉をワインから取り出したのだった。






 上機嫌で帰った家には明かりはついておらず、中に誰もいないのだろうかと思っていたら、聞こえてくるピアノの音で少なくとも一名の在宅を知った。手に持った賄いの食事をそのままに階段を上った。自分で作ったその食事は店長のお墨付きで、とりあえず誰かに食べさせたかった。
 フェリちゃんがおらず、ルーイもいなくて、なんとなく気恥ずかしさを感じずにはいられなかったがそれでもテンションにまかせて部屋を開ける。

「おーい、優しいギル様が旨すぎる料理を持って帰ってやったぞ〜!土下座してありがたがれ!」
「・・・・・・・・・・・・」

 バタン、と開けた先では、思ったとおりにローデリヒが一人でピアノを弾いており、俺が入ると同時に目を丸くしてこちらを向いた。

「・・・・・・・なんですか、騒々しい」

 白い目で見ると再びピアノに手をかける。

「だぁかぁら!ギル様が美味しい飯を持って帰ってやったって言ったろ!?」

 右手に持った紙袋をローデリヒの目の前にかざす。あ、やべ。この位置じゃどんな顔してるかみえねぇ。そう思って手を外し、料理を下ろすと、ローデリヒの間抜けな顔が見えた。
 目を丸くして、はぁ、と呟く。

「ありがたいのですが、もう夕食は・・・」
「夜食でいいだろ!とりあえず食ってみろよ!」

 やんわりと断ろうとするローデリヒに頬を膨らます。
 けれど、困った顔をするローデリヒに、確かに、時間も時間だし、仕方ないよな、と踵を返そうとした。

「・・・・・・・もうしばらく弾いてからでしたら、時間が取れますが」
「べっ、べつにっ!」
「・・・・・・・・あなたは意地っ張りですか・・・。いい子だからしばらくお待ちなさい」
「・・・・・・・・っう、うるせっ」

 振り返ると呆れた顔をして再びピアノを引き出す。
 怒鳴ってやろうと思ったが、その音色に息を呑んだ。
 前に、リズの歌っていたその歌は、けれど、前のような伴奏ではなくピアノ自体で完結していた。いつも聞いているロックのような派手さはなく、落ち着いた音色なのに、キラキラと輝くようなその音は、時々主題をいれながらもごまかすように変調し、それでも不思議な雰囲気でもって彩られていた。

「・・・・・・その曲、前にリズが歌っていた・・・」
「ええ、知っていますか?『The last rose of summer』という曲です」
「いや、知らないけど・・・・」
「もともとは彼女の歌っていた曲が原曲なのですけどね、それをメンデルスゾーンという作曲家によってアレンジされたのです。それにより、当時のサロンなどで演奏され、より人々に親しみのある曲にされた」

 鍵盤から手を離し、こちらを向く。

「けして彼の作った他の曲ほどの華やかさはありませんが、周囲の人からは愛された曲だったようですよ」

 少し誇らしげな顔で再び鍵盤に向き手を置く。
 その顔の角度から、ふと、初めてこいつを見た時のことを思い出させた。
 あのポスターもこんな角度からだったような気がする。斜め上からのアングルでピアノを弾いているこいつの顔が気に食わなくて、落書きをしようとしたんだったっけ。
 そのことを思い出すと面白くて、く、と笑う。
 あの頃は、まさかこんな奴だとは思わなかった。
 澄ましている割に料理が出来なくて、すぐ道に迷うような奴だとは。

「・・・・・・・・何か」

 眉をひそめ、俺を上目遣いで見上げてくる。
 その顔にますます面白くなって、口を開いた。

「まるでお前みたいだな」

 アレンジされたことで、より親しまれた『The Last Rose of Summer』。
 ポスターから出てきて、俺の目の前で塗り替えられたこいつのイメージ。
 それが合致するような気がして、一人で勝手に笑みを深くする。
 
「なんのことですか」

 上目遣いに睨まれたが、こたえる気もない。
 飄々と手を振って、賄の入った紙袋を握りなおし外へ出たのだった。






 賄を皿に移し、夕食の準備をする。
 どうやらまだまだ彼の練習は続くらしく、俺は一人で賄を食べる。暇だからテレビでも見よう、と思ったその時、ふとテーブルの上にチラシを発見した。声楽のコンクールのチラシ。明日からは一般の観客も入っていいらしく、わざわざモノトーンのチラシに蛍光ペンでラインが引いてあるあたり、フェリちゃんでも行くのだろう。
 フォークを口へと動かしながらもそのチラシを見ていると、がちゃり、と扉が開く。
 ローデリヒが降りてきたのだろうかと思ったが、見てみるとフェリちゃんが汗を拭きながら入ってきた。

「ただいま〜、もう結構暑くなってきたね〜」

 ヴぇ〜、と鳴きながらテーブルに着き、俺の飲んでいたビールの入ったコップを掴み、ぐ、ぐ、と飲み干す。
 美味しそうに息を吐くと、冷蔵庫から別のビールの缶を取り出しコップについで戻した。それから、きらきらと輝く瞳で俺の食べていた賄を見る。

「それ、ギルが作ったの?」
「おぅ、うまく出来たから・・・、食うか?」
「うん!もうお腹ぺっこぺこ〜!!」

 にっこり、と微笑んでから自分用のフォークで肉を一切れ取り、口へ入れる。
 幸せそうに食べるその顔に嬉しくなった。

「あ、そのチラシ」

 ごくん、と飲みこむと、俺の持っていたチラシに目をやる。

「これ、エリザベータさんが歌うんだ。この時間。ギルも行こうよ!」

 言って指差した時間は、俺も空いている時間で、丁度仕事が終わって1時間後だった。他ならぬフェリちゃんの頼みとなれば断れないどころか、いっそそのあと二人で食事でもしてきたい気分だったが、その期待は続く言葉で打ち消された。
作品名:名残の、後編 作家名:ゆーう