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名残の、後編

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「ローデリヒさんも伴奏するし、終わったら皆でご飯食べに行こうよ!」

 デスヨネー。
 うつろな目でうなずくと、楽しみだねぇ、とアホ毛を揺らす。
 その様子を見ながら、あいつも演奏するのか、と遠い思考で考えた。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 次の日、仕事に行って、店長に言われた言葉が信じられなくて、その場に立ち尽くした。
 けれど店長のほうはと言うと、えへ〜、などと幸せそうな顔をして頭をかいたのだった。

「ほんまごめんなぁ、ギルくん。うちもまさかなぁ、とは思うたんやけどなぁ」
「・・・・・・・・・ちょ、ちょ」
「んでも旦那がなぁ、それやったらしばらくは養ったるって言いはってなぁ。もう、うち、うれしゅうてうれしゅうて」
「・・・・・・・おいこら」

 店長に聞かされたこと。
 それは、子供が出来た、と言うことと、産休のため一年間店を休む、ということ、それから、生活が安定するまで2号店はなかったことにする、ということだった。

「な、なんだよそれ!つまりはデキ婚かよ!?」
「ややなぁ、Wハッピー婚って言うてやぁ」

 うわぁちくしょう、幸せそうな顔しやがって!!

「うちもなぁ、わかった時はほんまに悩んだんやで?んでもなぁ、旦那が珍しく甲斐性だしよってなぁ」

 周囲にピンク色のオーラが見えるのは俺の目の錯覚だろうか。
 俺の周囲にまとう空気など一向に気にした様子もなく、店長は両手を頬に当てて、歌うように言ったのだった。

「ギル君も、うちの幸せ、喜んでくれるよね?」





 急に、目の前が真っ暗になったような、そんな感覚を味わったのはこれが初めてだった。
 俺はふらふらと店を後にすると、ため息をかみ殺し、重い足取りで駅を目指した。一応定時までは働いたものの、身の入らない俺に店長は何度も「悪かったわぁ」と謝り続けてくれた。
 彼女を責めても仕方ないし、実際に責められたところではない。ただ、俺の足元にあった安心感がなくなり、今後どうしよう、ということをぐるぐるぐるぐると考えて、地面がなくなったような錯覚がした。
 もう1年フリーター生活を続けるのか、それとも他のところを探すのか。
 子供が生まれる、ということは、今後店を続けたとしても不都合なことが多いだろう。
 そう考えると、さっさとどこか別のところを探したほうがいいような気がする。今までが順調に行っていたぶん、どうしようもなく心にぽかりと穴が開いたような気がした。
 そのまま向かったコンクール会場では、もうすでに演奏は始まっており、携帯を見てみると3分前にフェリちゃんから「今から姉ちゃんだよ!」などというメールが来ていた。
 まだ間に合うだろう、と思い中に入ると、コンクール会場いっぱいにエリザベータの声が響き渡っていた。
 高く艶のある声。
 綺麗なドレスを着、舞台の真ん中で歌う彼女を綺麗だと思った。それをサポートしているローデリヒのピアノも、彼自身も、綺麗だった。
 彼らとて、最初からそのような身なりであそこに立てていたわけではない。
 ああやって優雅に歌い、演奏する裏に何百時間の練習や、努力があったことは一緒に住んでいて嫌というほどわかっている。
 だからこそ、余計にじん、と心に染み渡り、そして思った。

 遠いなぁ、と。

 目に痺れが走り、熱くなるとともに鼻がず、と痛くなる。
 むせるように、急に呼吸が苦しくなって、この場にいたくなくて、背を向けて会場を後にした。





 駅の光景が光の粒となり白く解けていくことで、やっと俺は自分が涙目になっていたことに気がつく。
 都会に憧れて出てきた先で、だからといって特にやりたいこともなく、ぶらぶらと生きてきた。思い出す記憶は楽しかったものが多かったが、けれど、やはりそこかしこに苦さを含んでいる。もっと早くに動いていればよかったんだろうなぁ、とかそんな後悔を抱きつつ、今はとりあえず故郷に帰りたい、と思った。あの、光り輝く場所でピアノを弾いているローデリヒを見て、背を向けて、ただでさえ暗い穴にいるような気分が、奈落に落ちてもう出て来れないような気がして、いてもたってもいられなかった。フランシスやアントーニョが就職していったのを見ていた時だってこんなには思わなかったのに、何で急に。けれど一度思ってしまったものは仕方なく、俺は簡単なメモを残すと、実家に帰ることにしたのだった。
 初夏の空気はじりじりと熱く、夜も遅いというのに収まることを知らない熱気はますます不快にさせる。
 実家に帰る為の電車を待ちながら、重い重いため息をついた時、駅の古いスピーカーから流れるアナウンスが電車の到着を告げた。飲んでいたコーヒーをゴミ箱に捨て、待合室を後にすると電車に乗るべくホームに向かう。
 プシュ、と音を立てて開いた電車に乗り込むと、急に腕に強い力を感じた。
 振り返ると、さきほどまでピアノを弾いていたはずのローデリヒが何とも言えない顔をして、けれど瞳は強く俺をにらんで立っていた。

「・・・・・・・・・な、んだよ」

 急に心臓が早鐘を打つ。
 じ、と俺を見る目と目が合って、その虹彩の輝きが綺麗だと、どこか遠くで思った。
 俺の顔をまじまじと見ると、息をせききっていたお坊ちゃんは深く息を吐く。体の力は抜けたようだったのに、それとは対照的に俺を掴む腕に力が加わる。

「・・・・・・・」

 ローデリヒは何も言わず、俺の手を掴んだまま電車に入りボックス席に座った。
 無言を通すその空気は怒っていることを如実にあらわしている。

「・・・・・・・・・・なんだよ」
「なんでしょうね」

 言いながら、俺から目をそらし、外を見る。外は暗く、何も見えなかったが、遠くで街灯がちらちらと流れていった。
 横目でその先にある景色を見、それからローデリヒの横顔を見て気づいた。窓に反射している俺を見ているのか、と。気がつくと余計に気まずく思う。何かを言えばいいのに、逃げ出すように出てきた手前、何も言うことが出来ない。ちらちらとローデリヒを見るが、合いそうで合わない視線がもどかしかった。合うのも嫌だが、合わないのも嫌だ。いっそ何か言ってくれればいいのに。
 けれど、何も言うことなく一駅、また一駅と過ぎ去り、乗り換えの駅へと到着した。

 着いた乗り換えの駅は珍しく人ごみに溢れており、どこかでストがあったのだろうか、と不安に駆られた。到底浮浪者には思えないようなスーツを来た人々がそこかしこでぐったりと座り込んでいる。時計を見ると夜10時を回ったところだった。まだ終電の時刻ではないはずだ。後ろを着いてくるローデリヒは時計を見、周囲を見回す。

「・・・・今日は3時ごろからストがあったようですね」

 俺が帰る線についての張り紙を見て、ため息を漏らす。
 実家からも、家からも離れたこの場所でお坊ちゃんと二人きり。こんなことはもう二度とないだろう、と思い、長いため息をつく。

「あー・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「なんか、本当、どうしようもねぇなぁ・・・・・・・・・・」
「まったくですね」

 手に持った荷物が重い。
作品名:名残の、後編 作家名:ゆーう