甘くて苦い・・・
何度目かの電話で、
夜中にようやくすずめにつながった。
「馬村?」
「...うん。」
「もう熱下がった?」
「一応平熱。」
「あ、よかった。ご飯食べれてる?」
「え、うん。」
あれ、普通?
「食べられないかもしれないけど、
今日、チョコ持って行ったから。」
そう言われて、
「えっと、ごめん。」
馬村が言うと、
「ん?なんでごめん?」
とすずめから意外な声が聞こえてきた。
「え、いや、オレ、熱が出てたとはいえ、
オマエにひどいことを...」
「えっ!覚えてるの?」
すずめが高い声でビックリしていた。
どうも寝ぼけていて覚えてないだろうから、
すずめの中でなかったことにしようとしていたらしい。
「いや、たぶん覚えてないっていうか、
夢だと思ってて、目、覚めてから
現実だったって思って
血の気引いたつーか...」
「え、あ、そうなんだ...」
「今から謝りにいっていい?」
「え?!今から?馬村熱出てたんだよ?」
「うん、でも、もう平熱だし。
今すぐ謝りたい。」
「謝ることなんて何もしてないけど...」
「そりゃないだろ。怒れよ。」
「ふ、怒れないよ。」
「とにかくそっち行く。」
「え、うん。大丈夫?」
「ぶり返しても行く。」
そう言って馬村は電話を切った。
よっぽど反省したらしい。
でもすずめは、ひどいことをされたとは思ってなくて、
むしろドキドキして、嬉しかったというか、
ビックリしてモノをぶつけて申し訳なかったというか、
途中で終わったので残念だったというか、
そういう微妙な気持ちのほうが強かった。
ピリリ、とメール音が鳴った。
『下にいる。』
とメールが入ったので、
さっとはおりものをしてすずめは外に出た。
「寒くない?大丈夫?」
すずめは病み上がりの馬村を気遣う。
「ごめん!!!」
馬村は深々と頭を下げた。
「えっ!」
すずめはビックリした。
「ちょっ!馬村、頭なんて下げないで。」
「熱で浮かされてたとはいえ、
お前の同意もなしにいろいろと...」
馬村がなんて謝ったもんだかと
しどろもどろしている。
「え、いや、それは...」
ちょっと嬉しかったし、とは
すずめは恥ずかしくて言えなかった。
「もうしないから!」
と馬村が言うのをすこしさびしく思ったりもした。
「じゃあ、馬村。罰として
両手を横にあげて、十字架作って。」
すずめは言った。
「は?十字架?磔かよ。」
「うん。懺悔。」
「・・・わかった。」
自分が悪いと思っているので、
馬村はなんでも素直にいうことを聞くな、
とすずめは心の中で笑っていた。
馬村が腕をあげると、
ポスッとすずめは抱きついた。
「えっ!ちょっ!」
「はい、これで腕を背中に回して?」
「いやでも。」
「いいから!」
「わかったよ。」
馬村はすずめの背中に腕を回して抱きしめた。
するとすずめも馬村の背中にまわした手で
馬村の服をギュッとつかんで、
「ホントに怒ってないよ。
馬村の熱が下がってよかった。
今度リベンジデートしようね。」
とすずめは言った。
「マジで?怒ってない?」
「うん。いつかはその...するだろうし。」
「え。」
「ちょっと心の準備ができてなくて
ビックリしただけ。」
「チョコつぶれたしな。」
「え!あ、あれ、チョコだったんだ。」
「知らずにぶつけたのかよ。」
「なんかお兄さん帰ってくるし、
どうにかしなきゃと思って、
その辺にあったものつかんだから。
家にまだあるよ。チョコ。」
「いや、帰って食べる。」
「つぶれてるのに?」
「味は一緒だろ?」
「違うよ、見た目も頑張ったんだから!
ちょっと待ってて。」
すずめは家に入って、
残りのフォンダンショコラを持ってきた。
「はい。ラッピングしてないけど。」
「すげえ。ちゃんとしてんじゃん。」
「おじさん監修だからね。」
ショコラを割ると、中からトロッとした
チョコが出てきた。
「わ。なんだこれ。すげえな。」
馬村はフォンダンショコラを食べるのが初めてらしかった。
「うん、美味い。」
「ホント?よかった!!!」
すずめも馬村も、
ようやく笑顔になった。
「あ、でも病み上がりなのに、無理してない?」
「してねえよ。甘くないからちょうどいい。」
「ん?なんだこれ。」
「え?」
一瞬馬村が顔をしかめて、口から出したのは、
絆創膏をはがしたあとの、白い紙だった。
作る過程で生地に混ざりこんでいたらしい。
「わーーーーー!!!ごめん!!!」
「また手、けがしたのかよ。」
「身は入ってないはずです。」
「マジか。呪いのケーキだな。」
馬村が笑って言うと、
ブン!!と今度は馬村の顔に
すずめのこぶしが飛んできた。
「わ!あぶねえ!」
「もう!!!今度は怒ったよ。」
「ごめん。マジごめん。
もう触れないから。ホント。反省してる。」
「え。」
「ん?」
「いや、触れないのはその...
淋しいといいますか。」
「なんで?いいのかよ?」
「程度にもよるっていうか。」
「じゃあキスは?」
「え///。えっと、お願いします。」
馬村はそっとすずめにキスをして、
「チョコ、ありがとう。」
と言った。
「うん。馬村。好きだよ。」
すずめは改めて告白した。
「心の準備ができるまで待ってね。」
「わかった。
大事にするって最初に約束したしな。」
「大事にしてもらってるよ?十分。
ありがとう。」
もう一度静かにキスをして、
馬村は「また月曜に」と言って
帰って行った。