魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話
人影一つない地上の空気を侘しく微かに震わせる、断続的なバイブ音。 顔を滅茶苦茶に崩し、喚き散らして泣き叫ぶ魔術部仲間。 柘榴色のジェムに咥えたグリーフシードを一つ一つ近付け、藍は戦友の命を此岸に引き留め、喧しいほどにバイブレートするスマートフォンの通話回線を繋いだ。 相手の見当は付いている。
《俺だ、俺様だ。 ギルト・インキュベーター、ギルべぇだ》
「―魔女は倒し尽ぐした(魔女は倒し尽くした)。 作戦完了だべ(作戦完了だ)」
《…そうか》
ときわランドマーク展望階下からは、屋上の炎が消えた後瓦礫が剥がれ始めている。 何時崩落が始まるかも判らない。 此処に居るのは不味い事だけは確かだ。
泣き続けるイオンを宥め、武装解除もままならないままハルドルは左肩を貸した。 長い沈黙の後、魔術部室からであろう入電は妖精の震えた声を伝達した。 眠たげな紫眼は、要件の見当すら機械的に付けている自分が少し厭になった。
《ルッツの奴、ジェムの反応がねえ。 魔法の拍動もねえんだ。 あいつ、あいつ。
こんなにも尊い俺様を遺して、死んじまった》
瓦礫から延びる十字に組まれた金属フレームの残骸。 自我ある機械仕掛けの真鍮製天使は、二本ほど瓦礫山から引き抜き、舗装が剥がれ地面が剥き出しとなった足下に突き刺した。
魔女の犠牲となった名も知らない街の人々を、身体一つ遺せなかった、命を散らした魔法少年と魔法少女を、弔う為の墓標に見立てて。
「…んだか」
此方に気付いた草色の光が煌めき、人間を抱えて歩み寄る。 侘しい感情を珍しく顔に露わにし、一つの都市を巻き込んでまで、結局禁断の果実を齧るに至らなかったボサボサの金髪頭を遠目に続けた。
「エリゼベータも死んだ。 俺はあの馬鹿不良ば回収してかきやけぇる(俺はあの馬鹿不良を回収してから帰る)。 なは… 床ど空薬莢の掃除だばしてろ(お前は… 床と空薬莢の掃除でもしてろ)。
わんつか気が紛れんべ(少しは気が紛れるだろ)」
鼻をすする様な液体音。 裏表すらない、所業を悔い改める妖精の素が、見えずとも伝わった。
《…そうだな》
通話はそこで切断された。 肩に無力に寄り掛かりながらも落ち着きを取り戻していく満身創痍の戦友に気を遣い、愚かで哀れだが他人事と切り捨てられない裏切り者を見やり、ハルドルは砕けたガラスを撒き散らす、見るも無残なときわ町の観光名所だったタワーを見上げる。
黄変した陽光が淀んだ墨を切り刻み、レースカーテンのように寂しく零れる空が広がっていた。 彼等魔術部の、魔女との余りにも長い戦い、余りにも狂おしい一日は終わった。 そして、二百メートル上空の戦いも、もうすぐ終わる。
急拵えの墓標から伸びる長い影。 遺された少年達、ときわ住民達の苦痛を吹き晴らすにはまるで力なく、短絡的な風が吹き荒んだ。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話 作家名:靴ベラジカ