魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話
二百メートル上空の元、圧し折れた電波塔が重心の秩序を崩し、異常に傾いた円環状が橙色を背に、今も積み上がる大量の瓦礫の重量に耐えている。 コンクリート天井は何時崩落しても可笑しくないほど亀裂を生じていた。 緋の防衛結界はプレゼント箱の装飾リボン様に解け、広がる黒煙を散らしながら、結界に守られていた二人の視界を浄化していく。 僅かに異臭を振り撒きながら、擡げた身体を強引に立ち上がらせる影。
大した魔法装甲もない深緑のカトリック式カソックが大きく引き裂け、顔にまで帯びた身体中の深刻な火傷を後手後手に修復していくアントーニョの姿は見るも無残なものであった。
いつぞやに見た表情とは全く異なる、歯をこれでもかと食い縛り憎悪に満ちた、淀み切った眼であらゆる全てを睨み付ける殺意の面持ち。 恨み辛みに満ちた深緑の瞳。
祈りを捧げ自他の心に希望を満たす魔法少年のものではない。 これではまるで、呪いを撒き散らす、魔女ではないか。 握り締める圧し折れた銀色の刀身を投げ捨て、トーリスは唯問うた。
「どうして。 どうして、こんな事したんだよ」
焼け爛れた肌が剥き出しの腹。 痛みに堪えアントーニョは言葉を返す事無く、同じく火傷だらけの両脚を震えさせながら不安定に上半身を擡げ立ち竦んだ。 深緑の帽子に隠れて、宣教者の口から一滴血が零れていた。
「ローデリヒも、トモダチだったんだろ。 なんであいつに言わなかったんだよ。 友達が居なくたって、家族とか、知り合いとか… 何でも誰でもいい、なんで、苦しいのに我慢して、こんな事しちゃったんだよ」
わなわなと処刑人の口元が震えた。 ほぼ血に汚れた唾と共に、アントーニョは吐き散らす。
「出来るかそんなん! おとんもおかんも死んだんや! ローデリヒも、とっくに」
ローファーと踝丈の靴下越しに、変色した肌が覗く。
痛みの走る両足首に鞭を打ち、トーリスは、魔法を持たぬ魔法少年の理解者は、静かに息を整え立ち上がった。
「…俺だって。 お前が愚痴りたいって言えば、話ぐらい、聞く事出来たよ」
淀んだうねる深緑がふっと散った。 輝きの弱まるペリドット色の両目が、ゆっくりと見開いていく。
「三週間前の俺なら、無理だったかも知れない。 何も知らなかったから。 でも、だんだんと、大きな世界の中の一掬い。 ほんのちょっとだけかも知れないけど、判ったんだよ。
魔法少年だって、魔法少女だって、何だって… 笑ったり悩んだり苦しんだり泣いたり、下らなくても、そんな日常を送る事が出来る。 今を生きてる俺達は、すごい幸せ者じゃないか。
近くで苦しそうにしてる人がいたら、周りの余裕がある人が、ちょっとだけ。 ほんのちょっとだけだったとしても、手を差し出せば」
傷ついた宣教師の淀み切った濃い草色の瞳が、少しずつ澄んでいき、太陽の様な煌めきを徐々に露わしていく。
「苦しんでる人は、それだけでもすごく楽になって、どんなちっぽけな事でだって、助けられる時も一杯あるんだよ。
ほんの小さな手助けにだって、奇跡はあるんだ。 奇跡も、魔法も、あるんだよ」
濁り切った深緑の魂の作用か、死を目前とした殉教者が、最後に見る儚き夢か。 ジェムに反して純度を取り戻していく緑色の奥深くから、仕舞い込まれ埃を被りかけたページと、真新しい一枚が浮かび上がっていった。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話 作家名:靴ベラジカ