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靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話

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 淀み切った柘榴の卵型。 スマートフォンが滑り落ちる様に目もくれず、傍に放られた臙脂色のジュエリーボックス。 限界ギリギリまで穢れを孕んだ井桁のグリーフシード達に届かぬ手を伸ばし、イオンは瀕死の体で今も息苦しく生き存えていた。 救援は見当たらない。 廃墟と化した、人影一つない仄暗い沈黙の世界。 新たな魔女を産む覚悟で、藁にもすがる思いで手を伸ばしたグリーフシードを取り上げる影。 前々から気に喰わぬシルエット。
 琥珀色の布に包まれた蠢く何かを抱える、琥珀の魔法少女エリゼベータに、彼はこの上ない憎しみに顔を歪め唸り声を上げた。 苦々しい面持ちをする少女の胸元から取り外され、卵型に変形していく琥珀のソウルジェム。
 既に相当な穢れを溜め込んだ琥珀の光に、淀んだ柘榴は近付けられると… 柘榴色のソウルジェムに蓄えられた濁りの一部は分離され、淀んだ琥珀色に吸収され、僅かに輝きを取り戻していった。 ジェムを砕くでもなく、少年の手元にそっと手渡される、仄かに輝く柘榴色。

 「もう、これが限界。 仲間が来るまで、辛抱して頂戴」
疼くような鈍痛が僅かに和らぐ。 忌み嫌っていた相手の、予想だにしなかった行動。 赤眼が潤んだ。
 「…なんでサ」
放置すれば一時間と持たずに魔女を産むであろう、濁り切った琥珀色。 自身の魂と、イオンからも奪った、穢れを溜め込んだグリーフシードは、少女が自らの子供の様に抱き抱える― 弱り切った白衣の水子魔女。 望まぬ二度目の誕生を経て、失った下半身の惨い負傷を覆い隠す様、温かい毛布に柔らかく包まれたフェリシアーノに、乳児に玩具を与える様にごく丁寧に手渡された。
 この上なく淀み切り、この上なく無邪気で毒の無い瞳が、琥珀の命の輝きをまじまじと、何よりも尊く美しい物を見せ付けられたかのように、意味の無い声を小さく上げ穏やかに見つめている。

 「あんたの事は嫌いだし、今も好きにはなれっこない」
発言に反し、何の敵意も無い、素の幼い少女の声色。 体力と言う体力が尽きた少年は、血や泥に塗れた身体を擡げ、傷を無数に拵えた白い脚を、苦々しく微笑む、嫌っていた筈の同級生の、長い亜麻色を振り乱して額から血を流し、自身同様に弱り切った瞳を見上げた。
 「でも私は、ときわ町が、ときわ町の皆が、大好きだもの。 あんたは嘘を言ってなかった。 あんたは私の大好きなものを守って、ボロボロになるまで戦った。 あんたの事、色々誤解してたかも知れないわ」
襤褸布の様になった装束を引き摺り、得物も無く、幼馴染を抱き抱えたエリゼベータは踵を返し、暗雲の裂ける方、太陽の光が差し込む方へ、不安定な足取りで一歩を踏み締めた。

 「やだ、おいら、そんなの厭だ…! そんなの、友達でもない奴に、貸しなんて」
驚くほど柔らかい、潮風混じりのビル風。 彼岸と此岸を隔てる様な風が吹き始めた。
 言葉が無くとも、言わんとしている事は理解出来た。 草臥れ切った身を引き摺り、柘榴の魔法少年は、満身創痍で立ち去ろうとする、琥珀の魔法少女を引き留めた。 引き留めようとした。
 「駄目。 友達じゃないんだもの、それ位、勝手にさせてよね」
対話が出来るのも不思議な程に身も心も窶れ、唇の乾いたエリゼベータの表情を、カーテン状の光と、風に靡いた長い髪が覆い隠す。 首を持ち上げる赤眼から一滴が垂れ、滑らかに頬を伝って顎から滴った。

 「一生かけて、いつか、ソウルジェムの浄化システム、作ってね。 もし、作れなくても。
私が、私達、魔法少年十字軍が、守って来たもの全部。 死ぬまで、守ってよね。
 私は、もう。 引退するから」
彼女の表情は穏やかで、今まで見たどの母親にも負けず、優しさに満ちていた。 フェリシアーノは静かに瞼を閉じ、エリゼベータは、涙に溢れた慈愛の表情で、抱えた青年の髪を手で梳かし、

 琥珀の魔法少女は、白衣の水子魔女は、数多のグリーフシードは、淀み切った琥珀色は、分子単位まで分離され、琥珀色の粒を僅かに散らして霧散した。 天への階の様に伸びる陽光が、侘しげに黄色を帯びていった。
この時、少年が胸に抱いた感情にぴたりと一致する言葉は、遂に見つける事は叶わなかった。