魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話
奇跡的に親族全員が生き残ったときわ快速ライン脱線事故。 退院の日、最早死人の様な顔で自分達をただ恨めしく見つめていた、短い金髪と淀んだ碧眼の少年と、黄金の魔法少年が腹に馬乗りになり、自らの小銃を深々と胸に突き刺され、二周りも大きさの違う手で頭と右腕を拘束され、完全にマウントを取られている今ですらも。
抵抗を止めず目の前の奇跡の象徴を殴り続ける水子魔女が、果たしてかつて同一人物だったのか。 ルートヴィッヒには判る筈もなく、知る由も無い。 左腕の金色の雷光は徐々に光を弱め、やがて完全に消えた。
潮風が無情に吹き荒ぶときわ町廃工場地区、四年前の凄惨な事故でときわ快速ラインの車両数両が海に落ち封鎖された、正しく事故現場の海辺。 黄灰色の汚らしい煌めきが、闇の様に蠢くときわ湾の水面をなだらかに滑っていく。
青痣と痛みの残る頬。 圧し折られた数本の歯を血の混じった唾と共に吐き捨て、黄金の魔法少年は首を反らし、勢い任せに太陽の水子魔女の、左耳に収まる不気味な魔性を噛み引き千切り、奥歯で乱雑に噛み潰した。
血に塗れた生肉を喰らったかの様に厳つい口元から黒い淀みが零れ、色褪せた涙の様に、命尽きたバッシュの頬を数滴伝っていった。 あまりにも長く壮大であった、魔女と魔法少年達の生き残りを賭けた、凄惨な戦いが。彼等の世界の全てを呪ってまで生きた、水子魔女達の命が。
あまりにも呆気なく、終わる。
少しだけ開いた浅葱色に、正真正銘最期の灰色の光を宿し、生を終えた少年の姿を見届ける力も無く、黄金色は霧散し、真っ直ぐ立ちあがろうとするも大きくよろめき、埋め立てのコンクリートにソウルジェムを残して、ルートヴィッヒの大きな身体は重力のままに海へ落ちて行った。
暗く冷たい世界。 口を満たす気味の悪い金属味が、潮と共に消えていく。
モノトーンの彩度の無い虚無。それでも彼は笑っていた。 僅かに微笑んでいた。 冷たい海水の中の温かな錯覚。 春の日向の様な温もりが、彼が愛し信じ続けた微笑みが、大きな身体を擡げ黒に沈む無力を、ずっと労っていたのだから。
ヴェー。 ルッツ、大変だったね。 俺、もう待ち草臥れちゃったよ。 じゃあ、また明日。 お休みなさい。
お休みなさい、ルッツさん。 明日もまた、私達で、一緒に頑張りましょう。
(… そうだな。 俺も大分草臥れた。 また、明日、いつか、共に戦おう―)
見えぬ友の影に手を伸ばし、彼の意識は、そこでシャットアウトされた。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話 作家名:靴ベラジカ