魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話
「…っ、 ヘヘっ。 それ、まんまお前にそっくり返すし」
緋の魔法少年は、笑っていた。 嘲笑ではない。 深緑には理解出来ぬ、何か一つを悟ったかのような、慣れ親しんだ相手に対する何気ない返答に混じる、安堵の混じった笑い。
フェリクスは屈しない。 自身をこれほどにまで消耗させた、恐るべき魔法の持ち主を前にしても、決して心は屈しなかった。
「悪魔、悪魔って。 それ嫉妬やん。 お前がお前のせいで、普通の生活出来なかったの、誤魔化して。
適当にその辺の奴の首引っ張って、お前が駄目駄目なの隠す、お前っぽい言い訳だし。 …まじうけるわ」
痛みを堪え、半ば痩せ我慢混じりで左首付け根、右胸、左脇腹の鋭い純銀を引き抜いた。 緋のジェムには白濁した穢れが相当に溜まっている。
何故だ。 これほどに消耗させたはずなのに、何故。 眉根を寄せ目を見開くアントーニョに、不屈の意志に満ちたフェリクスは擲った。
「ならかかってこいよ。 戦ってやるし。 何も信じないお前に、俺は負けんから」
目の前の狂信的異端審問官の胸中など、緋は何も知らない。 ほぼ全て唯の出任せ、危険人物の調子を崩させる彼なりの戦略的発言だ。 深緑は恐るべき殺戮計画を一人で立てる驚異的発想は恵まれていたが、魔法少年、魔女の喉元にも届く祈りの戦士達との舌戦は何一つ験しが無い。
―手駒に含まぬ魔法少年少女は全て、その魔を祓う純銀で、全て屠り尽して来たのだから。 アントーニョは怒号を放ち、重々しい突進と共にバルディッシュを、少年を真っ二つにすべく振り下ろした。 断続する破砕音。 非常階段の扉が開く。
引き抜き辛く長らく少年を貫き苦しめた、左肩と左右脇腹の純銀刀剣背中側。 アントーニョが振り下ろさんとしたバルディッシュの手から先が続けて吹き飛び、破砕痕を残して転げ落ちた。
緋も深緑も、予想だにしなかった二人の存在。 一人は叫びながら緋と深緑の魔法少年の前に割って入り立ち塞がった!
「フェリクス!」
鼻のあたりを拭って、トーリスは傷ついた親友を守る様に、怯む深緑の宣教者を前に断じて動かぬ!
魔法一つ使えず、それでも尚苦境の数々を潜り抜け、生身の人間でありながら非日常の英雄の様に生まれ変わったトーリスは瞬時に理解した。 目の前の知り合い、アントーニョこそがこの惨事を引き起こした一端に違いないと。
何故かはわからない。 友達を守る為に止める。 今はそれだけでいい、今はそれで十分だ!
「!? 人間は離れろや、この!」
明らかに身動ぎ反応の鈍る深緑! またとない好機、フェリクスは刺さる三本を引き抜くが、自身の為に身を呈し庇い立てする親友を巻き込めず取れる手立てが無い! 素手で目の前の人間を往なそうとするがときわ中セーラーは退こうともしない。
「…! この、畜生がっ、魔女の手先の野郎がァ!」
苛立った深緑は遂に殺傷力の低い大型ナイフを生成、丸腰の中学生に振り下ろす! しかしトーリスは翡翠色の瞳で睨み、右手でナイフの刀身を握り締める! 鋭き純銀に恐れ退くと高を括ったアントーニョは取り乱し茶髪のボブカットを払い除けようとするが、人間の火事場の馬鹿力と、魔法少年の強化された腕力が拮抗し対処不可能!
彼の【魔女狩り】の魔法は、反魔法の力を持った純銀の構造物を生む力であり、魔女や魔法少年相手にこそ強靭で十二分の戦力と成り得るが― その【反魔法】の力が災いし、生み出す純銀に更なる強化、自動飛翔能力の魔法を施すと言った小細工は一切利かず…
元来、アントーニョの祈りの対象外である、ただの人間相手。
魔法を一切持たぬ、唯の人間相手には全くの無意味、純銀の構造物以外の、その他一切合財の効力は無い!
深緑は柄を逆手に握り返すがトーリスは雄叫びを上げ、右手を抉る激痛と流血に一歩も退かぬ!
「止めろ、止めろや、どけや!」
「止めるもんか! 友達より魔女狩りが大事か? 魔女狩りの為に人を見殺しにするのか!?
魔法少年も、魔法少女も、人間も! 死んだら終わりだ、もう二度と会えなくなるんだぞ!?」
異端審問官の脳裏に、致命的で、確実な記憶が過った。 ほんの数時間前。 メール一つ返信の無い親友の自宅は鍵が開いたまま、洗濯物を干す母親にもその死を知られずに、リビングチェアの上、静かに眠るローデリヒの遺体が其処にあった。
純銀ナイフに穿たれ砕け散った、濁り切ったソウルジェム。 一枚のカード。 内容に目を通したメモ書きを握り締め、彼は泣いた。 ペリドットを水に漬けた様に、丸い瞳を思い切り潤ませ咽び泣いた。
そして、深緑の魔法少年の、狂信的処刑人の、壊れかかったブレーキを抑える者は、この世に誰一人として居なくなった。 深緑のジェムの濁りと共に、ペリドット色の瞳が狂気に濁っていった。
魔女さえ、魔法少年、魔法少女さえ、インキュベーターさえいなければ。 親友はこんな事には。 こんな事にはならなかったんだ。 なら殺してやる、皆殺しにしてやる! 全て全て全て何もかも滅茶苦茶に、この身が、ソウルジェムが砕け濁り切るその日まで殺しつくしてやる―!
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第十二話 作家名:靴ベラジカ