真面目な話をしよう
静寂は訪れない。音はひっきりなしに鳴っている。
雨がうるさく降っていた。
冬のお空。息は白い。月の無い夜。この天候の元、外にいる人間には、長屋の隙間から溢れる灯が羨ましい。
中は雨風を凌げますよ。月の代わりに火が照らします。寒さも幾分か遮ります。
外は暗いでしょう。濡れるでしょう。暖が欲しいでしょう。人肌が恋しいでしょう。一声叫べば入れてあげましょう。
だのに、聞こえてくるは、粗末な屋根を叩く水の落下ばかり。
「……まさか、凍死とか。まさかね」
そのあさか、とはよく言ったもので。不安になって障子の向こうへ問い掛ける。冷気の漂う薄い紙と板の裏、闇の中に佇んでいるはずの気配へ。
「三郎、」
返事は無かった。聞こえてくるは、粗末な屋根を叩く水の落下ばかり。布団を敷き終わり、冷えた爪先を解しながら、時が大分過ぎたことを知り、焦る。同居人をこの寒空の下に追い遣ってから、一刻。
一声あれば戸を開けよう。何、冬空だ、此方にとっては恵みの雨だ、観念して直ぐに根を上げるさ。高をくくっていただけに、我慢比べは意地になる。耳を澄ませど、聞こえてくるは、粗末な屋根を叩く水の落下。
「三郎、」
優柔不断、意地を通すか。優柔不断、戸を開けるか。聞こえてくるは、粗末な屋根を叩く水。雨は強度を増す。風が吹き荒れる。気温は一気に降下したような気がする。粗末な屋根を叩く水。君は乞うことをしない。入れてくれとは叫はばない。寒くても暗くても、意地ならば、突き通す。聞こえてくるのは、粗末な屋根を叩く水の落下ばかりで、君は、本当にちゃんと、
呼吸を、しているのか。
「さっさささ三郎おおおっっ!!!」
途端に襲い掛かった不安の波に押されて、足を踏み、勢いよく障子を開く。
木の戸の豪快に鳴る音、肌にぶつかる冷たい風、雨。そして其処に立つのは、寒さに凍えて小さくなっている子供、ではなかった。
「やあ、雷蔵」
片手の平を上げ、にこりと笑い、三郎は悠然と挨拶をした。
「今夜は冷えるな。もう入ってもいいのかい」
聞こえてくるは、粗末な屋根を叩く水の落下と、意地の悪い言葉。
素直に謝れば、直ぐに入れてあげたのに。冷えた爪先を解してやりながら言うと、三郎は笑みを絶やさず「私を呼ぶ雷蔵が可愛かったので」と布団の上で偉そうに言った。僕は勝手に怒っていたこともばからしく覚えて、それ以上言うのをやめて、大人しく諦めた。
所詮、彼にはお仕置きなんてままごとの一つなんでしょう。嗚呼、全く、質の悪い子供ですこと。
(お仕置きです)