魔法少年とーりす☆マギカ 最終話「ゼア・イズ・ブライト」
それは彼にとって、最高で最悪の目覚めだ。
トーリス・ロリナイティスは、五年前まで何の変哲もない中学生だった。
自身が机に突っ伏している事に気付き、彼が身を起こすとレポート用紙が捲れ、淡い茶髪が零れ落ちる。 朝焼けの眩しい緋色が翠の瞳に刺さり、寝惚け眼を痛烈に叩き起こした。
無機質なプラスチックとステンレス、素朴な空色で統一された部屋。 有りがちな男子大学生の私室である。
彼はおもむろにスマートフォンを起動する。 最後の受信は昨日出会った青年とのメール交換で終わっており、 ロック画面に映る、トーリスの隣ではしゃぐ金髪碧眼の少年、フェリクス・ウカシェヴィチ。
彼からの返信はあの日、五年前で途切れていた。
フェリクスはトーリスの親友だった。 そして五年前の夏休みを最後に、社会的に死を迎えた。
二百メートルからの転落直後、失神する直前に、もがき拉げた華奢な右腕を必死に振り回す姿を見た。 折れた左脚をギプスでガチガチに固められたトーリスが意識を取り戻した時も、すぐ傍で親友の影が見えた。 大人達が啜り泣く親友の密葬に参列した時すらも、形見分けされた卵型は美しく澄んでいた。
親友の肉体が弔われて尚、彼はずっと待っている。
窓から見える、明け方の焼けた緋色の太陽を背に、ときわランドマークのシルエットが侘しく孤独に浮かび上がる。 蛍光緑で満たされた標本瓶の中、緋色のソウルジェム。 フェリクスの魂は煌々と輝いている。
五年前に紛れもない死を迎え目撃しても尚、トーリスはずっと待っている。 肉体が無くとも、フェリクスの命は此処にある。 人生で一度だけ、どんな奇跡をも実現させる妖精の姿が見えなくなった今も。
彼はずっと、ずっと、無二の親友が戻ってくる時を待っている。
緑の中で輝く緋色に、幼い子供に語りかける様にトーリスは伝える。
「フェリクス。 昨日また新しく知り合いが出来たんだ。 友達になれるかな。
俺、中学の時よりも一杯友達増やしてるんだ、って、これ前にも言ったっけ。
ときわ町の皆は優しいし、思ったほど大学も辛くないけど、 …でも、やっぱり。 お前が居ないと寂しいよ」
緋色の返事は無い。 ある筈が無い。 完成間近のレポートとちらかった文房具を整頓し、溜息をついた。 家族は皆まだ寝ているだろう。 まな板を叩く包丁の音も聞こえない。
トーリスは朝食の準備に部屋を出ようとした。 中学生の頃には背が低く、よく見えなかったデスク備え付けの本棚に並べられた、埃を被った分厚い参考書の下。 何か紙の様な物が見えた。
本を取り出し退ける。 そこにあったのは素朴な、親友が好きだった、淡いピンク色の洋式封筒。 宛名は無い。 薄いが紙一枚にしては硬い感触。
早まる鼓動を抑え深呼吸の後、トーリスは女子高生の様なセンスのシールを剥がし封を開けた。 中には写真と小さく薄い用紙に書かれた、僅かな文章の手紙が入っていた。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 最終話「ゼア・イズ・ブライト」 作家名:靴ベラジカ