無表情の内側
翌朝、山野は出勤していきなり、
「彼氏、大学生?貢いでたりしてない?」
と、すずめに尋ねてきた。
「は?貢ぐ?してませんけど。」
「すごいイケメンだったじゃん。
他にも女の影とかない?」
「何なんですか、一体。」
「いや、俺は与謝野さんが心配で…」
「心配されるようなことは
何もないですから。」
大輝に女の影とかありえないし、
貢ぐほどのお金は自分にない。
なんど説明しても、
山野は何かを誤解しているようだった。
無表情で言葉数が少ないためか、
何考えてるかわからない、
とよく言われるが、
ここまで通じないのも珍しい。
ていうか、大輝にしろ、ゆゆかにしろ、
何も言わなくてもすずめの考えは
筒抜けになっているのだが。
翌日の土曜日、すずめは大輝といるところに
また山野が出くわした。
というよりも、
二人がカフェに座った席の真後ろに、
山野がたまたま居合わせたのである。
あのふたり!マジか!
観葉植物の影になって
山野側からはすずめの顔が見えるが、
すずめは山野に気がついてないらしかった。
何の話をしてるかわからないが、
最初こそすずめは無表情な顔をしていた。
「彼氏の前でも同じというのは
本当だったのか…」
と山野が驚いていると、
何を言われてか急に、
すずめがちょっと興奮しはじめ、
入社してから一度も見せたことのない
とびきりの笑顔で笑ったのである。
ガタァッと思わず山野は
立ち上がってしまった。
「や、山野さん?!」
「あ、与謝野さん…やあ。グーゼンだね。」
「ストーカー?」
大輝に訝しげな顔をされ、
山野はブンブンと急いで頭を振った。
「ちがっ、たまたま!
ここに座ってたら二人が見えて。」
「入社してから一度も与謝野さんの
笑ったの見たことないから
今見てビックリして。」
「…コイツ笑わせてどうすんですか。」
大輝が無表情のまま、というより
若干怖い顔で山野に尋ねる。
「う…(怖…)
いや、俺、職場の雰囲気
柔らかい方がいいと思って…
でも与謝野さん、俺の話で
全然笑ってくれなくて…」
「マジで芸人かよ。」
すずめの先輩だが
思わず大輝が突っ込む。
「コイツを好きとか言わないですよね?」
「えっ!?そんなつもりはないよ、うん。
ただ後輩がイケメンに騙されてたら
どうしようと思ったけど…」
ただのお節介な芸人風の男らしい。
「コイツ笑わすのなんて簡単スよ。」
と大輝が山野に言い、
「これから寿司食いに行くんだよな?」
とすずめに向かって言った。
「えっ、うん!
これから築地に行くんです!」
すずめが答えた。
それはそれは、とびきりの笑顔だった。
「えっ…築地?」
山野は唖然としている。
「魚と食いもんの話をすれば
すぐ笑いますよ。」
エヘヘ、イカも安くて、と笑うすずめに、
ようやく笑ってくれたと
山野もホッとして笑う。
が、その間に大輝が
すずめを隠すように割って入り、
「もうそのへんで。
あんまりコイツを職場で
笑わせないでください。」
と大輝が山野に言った。
「え、なんで?与謝野さん笑ったほうが、
職場の雰囲気よくなるじゃん。」
「……他のヤツに好かれたら困るから。」
そう言って無表情な大輝が
カァァァッと顔を赤くして照れるのを見て
山野はつい、
「あ、ごめん。俺、誤解してたわ。」
と大輝に謝った。
「は?」
大輝は不思議そうな顔をした。