りーなとレスポール
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寮に戻ると風呂で汗を流してからレスポールと李衣菜は部屋に戻った。
「ギターって水に浸していいの……?」
「ワタシは宇宙人だ。ギターではない」
「そうだけどさ……」
湿りまくってビッショビショのレスポールをタオルで拭く李衣菜。絵面的に合点がいかないようだった。
「それと安心しろりーな。やつは腐っても宇宙人だ。宇宙人は爆散したくらいじゃ死なない。もう地球にはこれなくなるだけだ」
「宇宙人ってそういうもんなんだ」
「宇宙人だからな。ありがとう李衣菜」
水滴を拭き終わると李衣菜はタオルをネックにかけた。
「ロックってのはさ。こう、考え方とか、社会とか、そういうもんをぶっ壊すんであってさ。その……上手く言えないけど、人を傷つけるものじゃ絶対ないんだよ」
「それは我々も重々承知している。しかし」
「しかしもカレーも煮付けもない! もうあんなことは絶対にしないからね。私のロックと魂が違うんだ」
「わかった」
「ホントかなぁ……」
冷蔵庫から紅茶を取り出しコップにそそいだ。
「ワタシにもくれ」
「え? これ?」
「いつも飲んでいるから気になっていた」
「いいけど」
コップに紅茶を注ぎ、ベッドに立てかかっているレスポールの前に置く。
「どうやって飲むの?」
「6弦をゆるめてくれ」
言われるがままにペグを緩める。
すると弦が柔らかい紐のようにするりと動き出し、コップの中に先端が入った。一瞬にして紅茶が吸われた。
「美味だ」
「そ、そう。よかった」
李衣菜は内心ビビりながらも、触覚が持ち上げたコップを受け取った。
「やはりワタシのヘッドに狂いはなかった」
「どうしたの急に」
「りーなは誰もが取得できるが時の流れとともに諦めてしまうものに真正面から向き合っている。それはどんな地球人にも宇宙人にも難しいことだ」
「なにそれ、トンチ?」
「紅茶のアルカロイドで意識が少しだけトリップしたようだ。忘れてくれ」
「ふーん。アルカロイドだもんなぁ。じゃ、今日もそろそろやりますか」
洗い終わったコップを戻すと、レスポールからタオルを取って構えた。
「座ったほうが楽だ」
「立ってないと本番でできないじゃん。それに」
姿見鏡の前に立つと、李衣菜は満面の笑みになった。
「かっこいいぃ〜〜! えへへっ!」
色々なポーズを取る李衣菜。ギターを構えた自分に見惚れていた。
「構えているだけじゃギターは弾けるようにはならない」
「イメージトレーニングだよ。ステージに立つ身としては、見栄えも気にしないとじゃん?」
「りーなが楽しそうでなによりだ」
ギターを持った自分を沢山満喫した李衣菜。アンプにヘッドフォンのジャックを挿入させる。
「では練習を始めよう」
「はい、よろしくお願いします、コーチ」
レスポールの指導の元、曲の練習を始める。
しかし、コードはまあまあすぐに押さえられるようになったのだが、曲となるとそう簡単に行かなかった。
「あー、中々うまくいかないなぁ」
1時間くらい経った頃、李衣菜はベッドに腰掛けた。
「この曲は中々早い。今からでも変えないかりーな」
「うーん。最初に弾けるようになりたいんだよな。思い入れのある曲だし」
「なるほど。そうだったな。思い入れがあるのはとてもいい。ワタシのパワーにもなる」
「わがまま言ってごめんね。でもこれだけは曲げたくないんだ」
「分かった。では少しずつやっていこう。ワタシも帰るのにそれほど急いでいるわけでもない」
「あの、そのことなんだけどさ」
もじもじと髪を弄る李衣菜に、次の言葉を待つようにレスポールが黙る。
「……もう地球に住んじゃえば?」
「それは。移住ということか」
「そう!」
途端に白い歯を見せた李衣菜。
「レスポールを弾いてるとさ、こう、レスポールとなら、ロックなアイドルになるのも夢じゃなくなりそうだって思えてさ。輝くステージに立ってレスポールをかき鳴らすロックでソウルフルなアイドル多田 李衣菜。Mステとかトップオブザポップスとかでちゃったりして、アイドルだけの枠に捕らわれないパーソナルな活動で超UKなロックの頂点を掴めそうな予感がするんだよ!!」
「難しい日本語だ」
「それに、まだ会ったばっかりなのに、すぐに居なくなっちゃうのも寂しいじゃん? せっかく、友達になったのに……」
「友達か」
「ああーー。あーあーあー! 練習しよ練習! 私にとっては一日一日が早く進んじゃうからね。あーあ、ロックンロールスターになるには一秒一秒が惜しいなぁ」
「りーなは時々ワタシと同じカラーになる」
「う、うるさい!」
「恥ずかしがることはない。『伝えたい時に伝えるのがロック』だ、りーな」
「ぐぬぬぬぬぬ〜〜〜〜!!」
「リーナ、マイフレンド」
「い、いいぇええい! フゥウー! ロックンロール!!」
李衣菜はレスポールの言葉が聴こえないくらい滅茶苦茶に弦をかき乱して部屋を飛び回った。
ギター片手にドッタンバッタン荒ぶるりーな。心配で見に来た星輝子がドアの影で震えていた。
弦の触手が李衣菜を持ち上げる。
ベッドに李衣菜を移動させて布団をかけるレスポール。電気を消して、ギター立てに身体を収めた。
幸せそうな寝顔を眺めてレスポールは考えた。
この少女は不思議だ。
ロックの知識はにわかもいい所で全く知らないと言っても良いくらい。それなのにこの娘から溢れだす底知れぬ『ロック』のエネルギー。
李衣菜に演奏されるとワタシは今までにない昂ぶりを感じる。
パンク、グランジ、ハード、プログレッシブ、メタル。どんなジャンルのロックを演奏してもこの高なりを覚えることはできなかった。
地球に永住か。
りーなとロックを追求すれば、もしかしたら我が星以上の新時代のロックンロールを奏でられるかもしれない。
まあいい。それもりーなが演奏できるようになってから考えればいいことだ。
レスポールはマドロミに身を委ねて、意識の瞼をおろした。
ドアが開く。
暗闇にピアノの鍵盤が浮き出た。
作品名:りーなとレスポール 作家名:誕生日おめでとう小説