りーなとレスポール
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必死の形相の李衣菜が寝間着のまま寮の廊下を走っていた。
朝起きるとレスポールの影も形もなくなっていた。朝ごはんを食べることも忘れて寮中を探し、寮に住む全員に訊いて回っていた。
「私のレスポール、じゃなくてギターしらない!?」
星 輝子の肩を揺さぶると首をブンブンと激しく横に振られる。李衣菜は最後の寮生の前で肩を落とした。
「どこ行ったんだよ、急にいなくなるなんて……」
心配して声をかけようか迷っている星 輝子に背を向けた。
「あれ、っていうか自分で動けたっけ……?」
『はーーい! ネコちゃんたちー? みくがいなくてもいい子にしてたー?』
食堂のテレビに振り向いた。画面に映し出されているのは朝の新宿アルタ前。特設ライブステージが設けられておりライブ開始間近のようだった。平日の朝にもかかわらず大勢の観客が駆けつけている。
しかしステージ端から忘れもしない、忌々しい異形の存在が現れて進行が妨害された。バイオリンとピアノの頭を持つ宇宙人だ。
「あいつら! それにあれ……レスポール!」
李衣菜は画面にかじりついた。バイオリンの手には、どこにも居なかったレスポールが握られていた。
『ちょちょっと、なんなのにゃ! こちとらやっと世界ロケから返ってきて、*(アスタリスク)の宣伝ができる権利が貰えたのにってうわっ、グロぉい……』
宇宙人たちに近寄った前川 みくは、楽器と人体の接合部の気持ち悪さに引いた。
宇宙人たちがみくに詰め寄って見下ろす。
『な、なに? あっ……』
素早く後ろに回られたピアノに、首の後ろに手套されてみくが気絶した。
するとピアノの身体がグジュグジュと溶けだす。支えの無くなったピアノが、突っ伏しているみくの頭にドッキングした。
みくがゆっくりと身体を起こして立ち上がった。
『……フフ。フフフ。アーッハッハッハッハッハ! すごい、すごいにゃ……力が溢れてくるにゃぁあ!!』
猫耳と一緒にピアノを頭の上に乗っけているみくは、眼の下に大きなクマがつき悪い顔になっていた。
やっとおかしな事態に気づいた警備員がステージに押し寄せてくるとバイオリンが動き、おもむろにレスポールをかき鳴らす。
禍々しい音割れを起こしている耳障りな音の波動が広がり、屈強な警備員たちが紙のように吹っ飛んでいった。
誰かの悲鳴をきっかけに、観客がステージに背を向けて走りだした。
『おやおや〜〜? このダーク前川 みくの歌を聴かずにどこへ行こうというのにゃああー!』
スピーカーを通しみくの声が波動になって何倍にも拡張された。
観客の足がピタリと止まり身体の向きが変わると、熱に浮かされたようにステージへと殺到する。
『おねだり Shall We〜? にゃああああ!!』
カワイイ曲のイントロが流れだし、それに答えるように観客は激しくヘドバンし、モッシュし、ダイブし、にゃあにゃあした。曲のノリと観客、歌っている本人のノリが合っていない。丸っきりロックのノリだ。
『アーッハッハッハッハ! みんな最高にゃ! これまでにない最高のニャンニャンでニャアニャアなステージだにゃあ! このまま燃え尽きるまで、みくの歌に身を委ねていくといいにゃあ!』
うぉおおおお! 野太い歓声が朝の新宿アルタ前を制圧した。
『それじゃあ次の曲いっちゃうにゃ! 前川 みくでぇ、おねだりシャル――』
シャウトが突然切られると、双葉 杏がベッドでゴロゴロしている様子が映し出される。寝具のCMだ。働きたくなくなる寝心地、ナレーションが流れた頃には、李衣菜の姿は消えていた。
新宿アルタ前は騒然としていた。
交通機関が麻痺し至るところで煙と火柱が上がっている。窓が割られ、看板が壊され、破裂した水道管から水が吹き出し、アルタビジョンには落とし穴に吸い込まれていく輿水 幸子、阿鼻叫喚。
逃げ遅れた人々がネコに化かされたようにステージへと吸い寄せられていく。自分の意思で李衣菜はその流れに乗った。
「みく! レスポール!」
狂喜乱舞する観客に混じって李衣菜が叫ぶ。ステージ上では前川 みくが何十回目かの「おねだり Shall We〜?」を歌って踊っていた。テレビ画面で見たように全体のノリがおかしい。ステージ端の鉄パイプで作った柱にみくがピアノを頭に乗せたまま登ってにゃあにゃあ咆哮している。
その隣でバイオリンがレスポールを弾いていた。曲のオケに雑音が混じっているのはこれのせいだろう。
(レスポールでみんなを操っているんだ)
ステージに駆け寄ろうにも観客の壁が厚くて弾き飛ばされてしまう李衣菜。と、観客の上を転がっていくダイバーに目が止まった。
「あれだ!」
目の前にいた人の肩に手をかけようとする。でも届かない。するとそのムキムキマッチョマンで刺青だらけのヒゲと頭ボーボーの大柄のアメリカ人らしき男が振り向き、ニヤッと笑った。
「あ、あはは、ご、ごめんなさ―― !?」
気がつくと李衣菜は空を飛んでいた。観客の海に着地、無数の手によって流されて行く。
「う、うわわぁ!?」
ステージに向かってどんどん李衣菜が運ばれ、瞬く間にステージ前まで来た。意を決して観客の手を踏み台にステージのダーク前川 みくにダイブした。
「みくぅう!!」
驚く暇も与えさせずに激突。勢い余って転がりステージの後ろに衝突して止まると、みくが李衣菜の下敷きになった。すかさず李衣菜は、みくの頭にドッキングしているピアノを引き剥がしにかかった。
「このぉ、はぁなぁれぇろぉ〜〜〜〜ッ!」
「いだだだだだ!やめるのにゃぁあ!!」
みくがじたばたして抵抗するのを馬乗りになって押さえつけ、李衣菜はもう一度と思いっきり引っ張った。
スポンと気持ちのいい音をさせて取れるピアノ。接合部から無数の小さい触手がうねうねと蠢いていた。
「ひゃぁ!きもちわるッ!」
ブンッと顔を背けて投げ捨てると、バイオリンに粘着質に命中した。
爆発した。
バイオリンは棒立ちのままモクモクと煙と炎を首から上であげている。
「宇宙人って絶対に爆発するんだ……」
「李衣菜ちゃん!」
みくが李衣菜の首に抱きついた。一瞬驚いたが肌を通して伝わってくる震えに全てを悟る。
「こわかったよ李衣菜ちゃん……」
「もう大丈夫だから、ね?」
泣きじゃくりながら一層強く抱きつくみく。いつもの挑戦的な態度とのギャップに焦りながらも、李衣菜は背中を優しく撫でた。
照れくさくなってみくから視線を外す。ボーカルが居なくなっても観客は曲に合わせてノリを止めていない。そして次に見たのはレスポールの先端だった。燃えているバイオリンがライフルを構えるようにして李衣菜に照準を合わせている。
「みくッ!」
咄嗟にみくを巻き込んで転がると、さっきいた場所が爆発する。
李衣菜はみくをステージから突き落とすと、追ってくる攻撃を避けるが、爆発でアンプに背中から激突した。
「ぐっ、レスポール! 聴こえてるんでしょ?! りーなだよ!」
だがレスポールは答えない。何度も照射されるレスポール光線に、李衣菜はアンプの裏へと逃げこんだ。
「ダメだ。全然声が聴こえないよ。どうすれば……」
作品名:りーなとレスポール 作家名:誕生日おめでとう小説