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りーなとレスポール

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 爆発の振動を背中で感じながら辺りを見回す李衣菜。ギターが舞台袖に立てかけてあった。
 アンプが爆発するのと同時にステージを蹴って舞台袖に飛び込む。
 シールドがギターと繋がっているのを確認すると、李衣菜はギターをかき鳴らす。
「あ、あれ?」
 それは李衣菜が思っているよりもかなり小さな弦そのままの音だった。
 シールドを視線で伝っていくと、黒いケーブルの伸びている先にはアンプがなかった。跡形もなく爆発していた。
 李衣菜は、それでも構わずに弾く。それはレスポールと練習したあの曲だった。
 レスポール光線が周りで爆発する。爆風が前髪を揺らし、破片が飛んで頬が切れる。
 誰にも届かない小さい音。それでもコードを押さえて練習した通りにギターを鳴らした。
 歌はのっていない。
 李衣菜はギターを弾きながら歌う練習をしていなかった。
「李衣菜ちゃぁあん!!」
 その叫び声を聴いても止めなかった。
 レスポール光線がチャージされて、特大の光が膨張していく。
 発射されたのがわからないほどにゆっくりと李衣菜に迫る。
 目を開けていられないほどの突風。李衣菜はめいいっぱい息を吸い込んだ。
「―――――!!」
 光が李衣菜を包み込んだ――――恐る恐る固く閉じていた瞼を開ける。バイオリンがレスポールを叩いて焦っていた。
 心なしか暖かさを感じて周りを見る李衣菜。迫ってきていた特大のレスポール光線がトンネルになって李衣菜の頭上にかかっていた。
「すごい……」
 Cだ。
「え?」
 Cをかき鳴らせ。
「この声……」
 うん、と李衣菜はCを鳴らした。
 ズズズズ……。光の塊がステージを削って移動を始める。
 バイオリンがレスポールを構えて弾いたり叩いたりするが何も起きない。ダメだとわかったのか、レスポールをステージに叩きつける。ブヨン、とスーパーボールのように跳ね返り、レスポールが李衣菜の胸に飛び込んでくる。
 李衣菜はしっかりと抱きしめた。
「聴こえたぞ。りーな」
「私も!」
 弾ける笑顔でレスポールと笑いあった。
 二人の頭上の光が漏斗状にうずを巻いていく。
「どうやらまだ終わっていないようだ」
 その声に前を見る李衣菜。
 バイオリンを奏でる弓に光が吸い込まれていく。
 全ての光が吸い込まれると、邪悪に輝く弓の刃がバイオリンの手の中にできあがった。切っ先を李衣菜とレスポールに向けて踏み込んでくる。
「抜け、りーな!」
 李衣菜にはその短い言葉だけで、レスポールの考えていることが手に取るようにわかった。
 ネックを掴んで『引きぬく』と弦がボディに収納され、輝きを放つ剣がボディからその刀身を表す。しかしその動作中にバイオリンの邪悪な弓が李衣菜に振り下ろされていた。
 ガギイィン! 弓が火花を散らす。刃は李衣菜に届かず、レスポールのボディに阻まれていた。剣を吐き出したボディは、超装甲の紅の盾へと変わっていた。
「また戦わせてしまってすまないりーな」
「ロックを守るためならばッ!!」
 李衣菜は剣を振るって応戦する。
 ステージで踊る李衣菜とバイオリン。断続的に剣が叩き合わさる音が奏でられる。
 人生で初めて使うであろう剣と盾を李衣菜は難なく使いこなす。それは剣と盾がレスポールであるからであり、何度も練習して染み付いたコード運びとピッキングを身体が覚えているからだ。
 それに李衣菜は一人で戦っているわけじゃない。
 その戦力差は如実に現れ、戦況はすぐに変化した。
 弾き避けていたバイオリンの刃を李衣菜がボディで弾く。
 大きくたたらを踏み隙を晒したバイオリンに、李衣菜は回転斬りを繰り出した。
 会心の一撃。バイオリンはスッ飛び鉄パイプの柱を歪ませると、頭の炎が消えて動かなくなった。
「ハイラルを救ったことのある私に剣で挑んだのがまずかったね」
 李衣菜は歩み寄って見下ろすと、その切っ先を黒焦げになっているバイオリンに向けた。
「油断するな」
「わかってる、わかってるって」
 勝ち誇ったキザな頷きを見せて、剣を逆手に持ち直す。
「星に帰ったら私らのことをボスに伝えな。この星のロックは、ちょー最高で、クールでホットな、ロックだったってねッ!」
 それを振り下ろした。はずだった。
「あ、あれ?」
 右手をみた。剣がなくなっている。
 バイオリンを見ると、タレ目のようになっているバイオリンのくぼみ、f字孔から無数の触手が伸び出していた。
「ひ、ひやああ!」
 ビビった瞬間に触手が李衣菜を突き飛ばす。
 李衣菜が背中をステージに打ち付けると、触手が肢体と首を押さえつける。
 一気に形勢が逆転してしまった。バイオリンは自分の刃を壁から抜き取って、李衣菜を見下ろした。なんの迷いもなく李衣菜に振り下ろす。
 やられる……!
 あ、でも有名なロックミュージシャンは27までに亡くなるらしいし……。
「だからってヤダーーーーッ!!」
 ポコッ。
 バイオリンが止まる。
 ステージにペットボトルが落ちた。
 それを合図にバイオリンに向かって石やらエナドリやらモバコインカードやらが観客から大量に投げ込まれた。
「みんにゃあ!李衣菜ちゃんを応援して! このお魚の仲間っぽいヤドカリのお化けみたいなやつをやっちまうのにゃあ〜〜!」
 その煽りに観客の投擲が増える。いつの間にか観客の洗脳は解け、操作されておかしくなっていた熱量はバイオリンを打ち倒すために遺憾なく発揮されている。
 李衣菜ちゃーん! 立てー! がんばれ李衣菜! やっちまえー!
「みんな……」
 耐えていたバイオリンだったが、ついに観客に向かって威嚇する。
「李衣菜ちゃん! やっちまいにゃあ!」
 声に振り向くと、剣が飛んでくる。ステージ下でみくがマイク片手に親指を立てていた。
「いくぞりーな」
 李衣菜は頷いて剣を構える。
 ステージの前にあるステージアンプを踏み台にして、高くジャンプした。
「多田流――」
 バイオリンはその大きすぎるモーションに気がついたようだが、岩が当たって首が曲がった。
「ジャンプ斬りぃいいいいーーーーッ!」
 カッコよくステージに着地。
 足元に落ちているボディを拾い上げた。ベルトに首を通し、刀身をカチンッと仕舞う。
 背後のバイオリンのシルエットが斜めにずれて、爆発した。
 爆風と熱がやむ。
 レスポールを抱えたまま恐る恐る振り返った。
「やっ……た?」
 宇宙人の爆発に負けないくらいの歓声が爆発した。
 天井のなくなっているステージで、李衣菜は空を見上げる。
「やったな、りーな」
 その熱を全く感じていないような平坦で機械的な声がする。
「もっと喜んだら」
「これでも喜んでいるつもりだ」
「ふーん」
「りーなももっと喜んだら良い」
「え、いやーなんかさ」
 色々とありすぎて李衣菜は心ここにあらずになっていた。だが何か思いついたようで、
「クールなアイドルは感情を表に出さないものなのさ」
「なにを言っているんだりーな」
「つ、つっこみがダイレクトだなぁ。ま、とりあえず……」
 熱気の中、李衣菜はもう一度空を見上げた。
 生ぬるい風が汗で濡れた髪を乾かす。
 向こうの空がオレンジ色に染まっていくのが見えた。
「もう夕方か……帰ろっか?」