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りーなとレスポール

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「すまないりーな」
 胴上げされているみくを横目にステージから降りようとしていると、レスポールが呼び止める。
「何か忘れものでもした?」
「今は朝の9時だ」
「え? なにいってんの、だって空が夕焼けに……」
 急にそう言われて李衣菜はスマホを取り出した。時刻は9時1分。
「じゃあアレはなんなの……?」
「バイオリンがワタシを弾いた時点で勝敗が決まっていたようだ」
「なに、言ってるの?」
 信じられない言葉に李衣菜の笑みが消えていく。
「人を操るコード進行。あれは人々に眠るロックエネルギーを膨張させて、炸裂させる効果があった」
「炸裂って……」
「ここにいる人々はりーなの頑張りによってどうにか一命を取り留めた。テレビ電波を通して膨張したこの進行は世界中に広がっただろう。ならばココにいない世界中の人々は」
「どう、なるの」
「燃え尽きて抜け殻になってしまう。抜け殻になれば何も生産せず何も生まれなくなる。つまり人類は絶滅する」
「ちょっとまって。話が大き過ぎない……?」
「そしてもう遅い」
 レスポールが淡々と告げた。
「おそらく新宿アルタ前に居る人間だけしか助かっていない。空を見れば分かる。抜け殻になる瞬間にその生命体からはロックエネルギーが抜け出て分散する。夕焼けに見えたあれは抜け殻になった人間のロックエネルギーの色だ」
「なにそれ、うそでしょ……」
 李衣菜は話の壮大さにめまいがした。足がふらつき、へたり込む――。
「しかし方法はある」
 その言葉にグッと踏ん張った。
「ど、どうすればいいの!」
「Fだ。ファイナルフォームになればあるいは」
「わ、わかった!」
 李衣菜は人差し指を立ててFのコードをぎこちなく作り、爪でかき鳴らそうとして、止めた。
「ファイナルフォームって、今度は何が起きるの?」
「合体する」
「お、おお、おおお! ちょーカッコイイじゃんそれ!!」
「李衣菜の中の思い出エネルギーをロックエネルギーに変換してバーストさせる」
「思い出、エネルギー?」
 レスポールは一拍置いて、言った。
「簡単にいえば、李衣菜とワタシの思い出を変換してロックエネルギーにする」
「それって……」
「演奏を終えた頃には、ワタシのことを全て忘れることになる。そしてワタシも」
「そんなの嫌に決まってるよ!」
 李衣菜は叫んだ。
「わかってくれりーな。この星のロックを救うにはそれ以外に方法はない」
「そんなのわかってるよ! わかってるけど………………わからないよ」
 顔を伏せた李衣菜の表情は、観客やみくには見えないが、見上げているレスポールからはよくみえた。
「ワタシはりーなに助けられた」
「やめて! そんな別れの前置きなんて聴きたく」
「今だから言おう。『やはりワタシの目に狂いはなかった』。あれは嘘だった」
「え、ええ。そ、それ今言うの?」
「知識もない。ギターも弾けない。紅茶も甘い。口ではロックがロックがと仕切りにいうが、その実何もロックなことを何もしていない。ただの女子高生。やってしまったと思った」
「私が言うのも何だけど、こういうときってドラマチックなこと言って説得する場面じゃないの……」
「ワタシの正直な気持ちだ」
「ははは……こいつはハードなロックだね」
 李衣菜の涙をレスポールの触手が拭った。
「しかしりーなはこうしてワタシを使いこなしている。『やはりワタシのヘッドに狂いはなかった』」
「……この出会いも、私がロックに身をやつしているおかげなんだよね」
 やれやれとポケットを探ってそれを探り当てる。
「だったら、恩返ししないといけないよね。レスポール」
「ああ。ロックは返すものだ」
「お? いいねぇ、それ」
「今思いついたんだ」
 爽やかに笑って、李衣菜は銅色で程よい重さの10円玉を右手に持つ。縁にギザギザのついたギザ十。
「変な毎日だったなぁ……」
 3フレット4弦・5弦。
 2フレット3弦。
 そして1フレットは全部だ。
「こんなの忘れられるわけないよ」
 あの日ロックをかき鳴らしたように、李衣菜は右手を大きく突き上げた。

 ▼△▼△

 ジャアアン。

 どんちゃん騒ぎをしていた観客がステージへ注目を向け、しんとする。
 突然、レスポールが光の粒になって爆発した。
 それが李衣菜の身体全てを包み込み、衣装へと変化していく。
 黒と白のストライプのニーソックス。黄色と黒のコルセットスカート。王冠を模した小物が付いているベルトネックレス。そしてロックの文字が刻まれた黄色いヘッドフォン、それから伸びた手錠が右腕にかっちりロックされている。
 ホコリですすけていた鼻っ柱も頬の傷もない。可愛さとロックが融合した衣装の李衣菜が光の中から現れた。
 割れんばかりの歓声。そして曲のイントロ。
 半壊のスピーカーやアンプ、新宿アルタ前にあるありとあらゆるスピーカーから曲が流れ出る。
 李衣菜に音の洪水が押し寄せ、その全てが友達だった。
 内から溢れでて止まらない昂ぶりに、李衣菜はスタンドマイクを荒々しく引き寄せた。
「いくぞお前らぁあああ!!」
 そのシャウトに負けない猛りが起きる。
 道は人でごった返し、ビルの窓は顔で埋まり、上空にはヘリの大群が押し寄せてきた。
 夜のように暗くなっていく空の下、ステージを端から端まで走り回って、李衣菜の歌が響き渡る。
 日本全土のみならず、世界中の至る所で李衣菜の歌声と姿が鳴っていた。
 その歌声と熱いパフォーマンスに心奪われ、人々に熱いソウルが伝染していく。
 眩いばかりに輝く街の光と青のサイリューム、空から降りてくるオレンジ色の光が舞台装置になって、李衣菜をさらに高ぶらせて熱くした。
 ――――ロックが私の中を駆け巡ってる。
「アイラブ、ロォオオオック!」
 世界が李衣菜に答えた。

 レスポール、聴こえる? これが君がくれた輝きだよ。

 聴こえたぞ。りーな。

 ステージに両膝をつくとほとばしる汗が弾ける。

 りーなももっと喜んだら良い。

 もう手元にないレスポールを激しくかき鳴らす。

 りーなが楽しそうでなによりだ。

 抑えきれない、狂いにもにた感情を弾けさせながら。

 美味だ。

 一つ、一つ、思い出が抜け出していくのが感じ取れてしまう。

 よかったなりーな。

 それでも止めたくない。

 Fが出来れば大抵のコードはできる。ガンバレりーな。

 空に巨大なギターの形をしたシルエットが無限と錯覚する程の量の光を携えて滲んでくる。
 ギターの軍団が空を舞い、音に一層厚みがました。
 ロック星全てのロック星人が李衣菜の演奏に呼応している。

 さよならだ、りーな。

 頬を流れ落ちる汗。

 大人になってロックを忘れたとしても、その熱いソウルだけは忘れないでくれ。

 それを忘れない限り、ワタシはいつでもりーなと逢える。

 時間にして約4分25秒。
 李衣菜の衣装が淡く輝きだした。
「違うよ、レスポール。ロックはさよならは言わないんだ」
 大粒の汗を拭いながら、李衣菜は空へと舞い上がっていく光の線に笑いかけた。
 世界中の熱狂の渦を肌で感じながら、小さく口を動かす。
 李衣菜は拳でレスポールを小突いた。

 地球のロックは素晴らしい。