二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

兄さん

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「仲間ってなんの話だよ。今回は夏希先輩も関係ないし、そういうんじゃないよ」
「だってキング独り占めじゃん?俺だって遊びたいっての」
「言っとくけど、仕事で上京したんじゃなくても僕は仕事持ってきてるからね」
「わ、ごめん。邪魔しません!」
 一気に賑やかになったリビングに三台目のパソコンが設置される。佐久間が加わった途端に合宿みたいな空気になった。修学旅行よりは落ち着いていて、だけど浮かれている。



 日が暮れ始めた頃、佐久間を送りがてら買い物に出た。
 買い物かごには朝食用のベーコンとトマト、きゅうりとハムと卵と冷やし中華麺。
「夕飯は自炊するの?おばさんが店屋物とっていいって言ってたけど」
「僕一人ならそうしてるけど折角佳主馬くんがいるんだしね」
 デザートにクリームとフルーツの乗ったプリンをいくつか放り込んでレジに向かおうとする健二を呼び止める。
「冷蔵庫にマヨネーズなかったけど買わなくていいの?」
「あ、佳主馬くんトマトにはマヨネーズかける方?」
「いや、冷やし中華」
「え?」
「普通かけるでしょ」
「かけないよ」
 顔を見合わせた。弁当コーナーはすぐそこだ。別トレイの具を麺の上に乗せて付属パックの麺つゆをかければすぐ食べられる冷やし中華弁当もある。その一つを取って二人で覗き込む。
「マヨネーズが入ってない」
「普通入ってないよ」
「東京だけじゃないの?」
「えー?」
 そしてマヨネーズがかごに追加された。

 冷やし中華の作り方は簡単だ。つゆは麺とセットになっているから、刻んだ具を茹でてから冷水にさらした麺に乗せるだけ。
 健二が「一人で大丈夫だから」と言うのも当然と思ってリビングでパソコンを開いていた。よその家の台所は住人のこだわりが詰まっていそうで簡単に触っちゃいけないような気がする。
 OZにログインしたら、ちょうど母からのメールが届いた。宅配便を送るために小磯家の細かい住所を聞かれたので、台所の健二にひとこえかける。
「そんな居候のお礼なんて、佳主馬くんが来てくれて嬉しいぐらいなのに……うわっ!」
 悲鳴にメールを放り出して駆けつければ鍋が吹きこぼれて水浸しのコンロと、冷やし中華用にしては厚めに切られてまな板の上を所狭しと散らばったきゅうりが見える。フライパンは卵液を流しこむ前に熱しているのだろうが、一瞬で黒焦げになりそうなほど熱くなっていた。
「何してるの!」
 コンロのつまみを全てオフにして片手に握られたままの包丁をまな板に置かせた。それをすぐに取ってきゅうりを集めて器に移した。
「麺、もう十分茹だったんじゃない?」
「そうかな。じゃあ、次は…」
「蛇口の下にざる」
「はいっ」
 命令されるままに戸棚の上からざるを出して流しに置いた。そこに佳主馬が麺をあける。健二が広がる湯気に呑気な声を出していると、押し付けるように菜箸を渡される。
「ぼーっとしないで水」
「はいっ」
 その間にも一旦加熱をやめたフライパンに油を少し足して火にかけ直し、卵液を流し込む。さすがに一部がこげたりしわがよったりしたが、間違ってもスクランブルエッグとは呼ばれない。薄焼き卵が出来上がった。
「佳主馬くん、すごい」
「これぐらい普通だよ」
 麺を先に茹でてしまったおかげでホカホカの金糸卵を乗せた冷やし中華が完成した。最後に氷を乗せて、マヨネーズはチューブごと食卓に運んだ。
 二人で手を合わせてからマヨネーズをかける。健二もすすめられて控えめにかけた。
「結構美味しい」
「ほんとにやったことなかったんだ」
「マヨラーの友達がやってるの見たことあるけど、お好み焼きじゃないんだから、って思ってたよ」
 盛りつけてみたら多すぎたきゅうりがパリッと音を立てる。厚切りきゅうりに重点的にマヨネーズを乗せて食べるとサラダみたいだ。
「健二さん、料理したことなかったの?」
「目玉焼きと野菜炒めはできるよ」
「その野菜炒め、ちゃんと火が通ってた?」
「それは……通ってたよ。ちょっとだけ焦げちゃったけど」
 そらみたことか。視線に言われて目を逸らした。
「食事が一人のことは多いけど、母さんが作りおきしていくから自分で作らないんだよ」
 健二が言い訳がましくつぶやいた。
「別にしょっちゅう自炊してるなんて期待はしてなかったけどさ」
 むしろ、カップ麺とかレトルトで済ましている日も多いんじゃないかと疑ってさえいた。今朝会った母親を思い出して、心の中でこっそりと謝った。
「佳主馬くんこそ、何でそんなに手際がいいんだよ」
「うちで母さんが作るの手伝ったことあるから」
「冷やし中華を?」
「冷やし中華はないけど、天ぷら揚げてる間に蕎麦を茹でたり、手巻き寿司の準備とか……」
 妊娠中、腹が目立つようになってからは流しの下のものをとるにも不便そうな様子を見ていられなくて何でも手伝った。そうしたら、嬉しそうに「すっかりお兄ちゃんね」なんて言われて。
「…………」
「手巻き寿司、いいなあ。最後にしたのいつだったかな」
「そんなに前なの?」
「多分、あ、そうだ。小学校の時に友達の家でやって以来だ」
 いくつか口にしようとした言葉を飲み込んだ。佳主馬の家では手巻き寿司は珍しくない。近所に住んでいる父方の祖父母と集まるときにも定番となっているし、家族三人の時も父が食べたいといえば酢飯と海苔と具がずらりと並んだ。
 でも、父が忙しい時期に母と二人で食べたことはない。そういうメニューだ。
 きっと健二は気にしていないんだろうけど。言わなきゃ良かった。
「佳主馬くん、作り方分かる?」
「酢飯の?」
「具は買ってきたまんまでいいのかな」
「手巻き用のセットも売ってると思うけど」
「じゃあ、佳主馬くんがいる間にやろうか、手巻き寿司」
「いいよ。その時はなるべく僕が準備するね」
「え、手伝ってくれるだけで十分だよ」
「そう?まあ、そのきゅうり、冷やし中華っていうよりかっぱ巻きみたいだもんね」
「うっ」
 笑ってかっぱ巻きには薄いきゅうりを口に放り込んだ。帯に短し襷に長しっていうのはこういうのを言うんだろう。
 麺は茹で過ぎ、卵はぬるくて具の切り方は大味な冷やし中華を美味しく平らげて一緒に流しに食器を運んだ。
「やっぱり、誰かと一緒に食べるご飯っていいよね」
 心地良くゆったり交わされる会話の中に埋まりそうなほど自然にそう言われて手を止めた。
「陣内のお屋敷で大勢で食べるのも楽しかったけど、佳主馬くんと二人もすごく楽しい」
「ずっといようか」
「うちの弟になる?」
「健二さんと兄弟か。いいかもね」
 何を考えてるかちっともわからない妹と兄弟よりもずっと楽しそうだ。
 好きな事も理解してくれるし邪魔もしない。優しくて結構頼りにもなる。長野に住む親戚にも歳近い従兄が二人いるが、年長の翔太はまったく頼りにならない上顔を見れば「生意気だ」と言うし、健二と同い年の了平は野球一筋で話が合わない。
 考えてみると名案みたいで嬉しくなった。
「それじゃ、よろしくね、健二兄さん」
 照れ笑いする“兄さん”の顔が可愛かった。



 小磯家での二度目の起床は夜明け前だった。
 枕元の携帯を開いて時間を確認したら四時二十分。起床時間にはずいぶん早い。
作品名:兄さん 作家名:3丁目