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兄さん

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 夜から今朝までの新着メールをチェックすると、今日までに届くはずだった依頼詳細メールが見当たらない。別に今の余裕なら一日くらい遅れたって構わないが、念のために催促しておいた。
 それから予定通りに過ごして十二時をまわる。いつもなら健二が先に時間に気づいて動き出すが、今日はまだ帰ってこないので十五分ほど過ぎてから作業を終えた。
 まだ学校の用事が終わらないのだろう。メールも入っていない。
 昼食は一緒にとだけ言っていたから一人で用意するのはやめてテレビをつけた。健二と二人のときは自然と休憩中にパソコンを閉じるようになっていたのでそうしたのだが、冷気を閉じ込めるため閉めきった静かな部屋ですることがなくなると途端に落ち着かなくなった。
 だからといってテレビをつけても面白そうな番組は見当たらない。元々テレビっ子ではないので一人でテレビを見る趣味はないのだけれど、横で誰も口を挟まず見るバラエティはやけにつまらなく見える。
 すぐに飽きてCMに入ると同時に電源を切った。再びパソコンを開く。と、狙ったようなタイミングで横においていた携帯が鳴った。母の携帯からだ。
『佳主馬、今健二くんち?』
「そうだけど、健二さんなら今留守にしてるよ」
『あら』
「どうしたの?健二さんに用事?」
『ううん。今ね、病院なんだけど……おばあちゃんが入院することになったの』
「入院?!」
『大したことないみたいだしお義姉さんが付き添ってるからうちはもう帰るところなんだけど、一応連絡しておこうと思って』
「入院って……」
『一週間ぐらいで退院できるっていうし、帰って来いっていうわけじゃないの。でも、後から報せられるのもイヤでしょ』
 途中で妹のぐずる声がして「じゃあ健二くんによろしくね」と電話が切れてしまった。
 それから間もなく汗だくの健二が弁当屋の弁当を提げて帰ってきた。

「え、おばあさんって……万助さんの奥さん?」
 健二が驚いて顔を上げた拍子に、弁当に付属のレモン汁がからあげを通り越してスパゲッティに大量にかかる。言うタイミングを誤ったな、とこっそり後悔した。
「それは新潟に住んでる母方の。同居はしてないけど名古屋の家の近くに父さんの実家があって、じいちゃんは結構前に亡くなったんだけど、伯母さん夫婦と一緒にばあちゃんが住んでるんだ」
「えーと……池沢のおばあさんってこと?」
「そうそう」
 陣内姓で“おばあちゃん”と呼ばれる人は何人もいるが、池沢姓ではひとりきりだ。
「帰って来いって?」
「ううん。大したことないからって母さんが言ってたし、ばあちゃん本人があんまり大騒ぎしてほしくないみたい」
「そっか」
 空気が抜けるみたいな相槌のあと、静かになった。普段なら二人共お喋りな方じゃないから沈黙も苦にならないけれど、こういう話のあとはさすがにやりづらさが漂う。
「えっと、池沢のおばあさんっていくつなの?」
「七十五歳くらいだったと思う。そのわりに元気だったんだけど……」
 ホントにそうだっただろうか。今から思えば最近は元気な時にしか会っていなかったのかもしれない。急な入院は初めてでも通院の話は聞いていた。
「家が近いなら行き来も多いんだ?」
「保育園や小学校の頃は、迎えに来てもらったり放課後は毎日ばあちゃんちに通ってたこともあるよ」
「佳主馬くんちも共働きだもんね」
「今は母さんが育児休暇とってるけどね」
 祖母の姿を思い出そうとすると近年の顔よりも小学校低学年の頃に毎日見ていた元気そうな顔ばかり浮かぶ。
 小学校の途中でいじめにあうようになって、そんな格好悪い姿を見せたくなくて祖母の家に行かなくなった。その後、母方の祖父にあたる万助に少林寺拳法を習い始め自宅でOZに入り浸るようになって、月に一度も祖母に会わない時もあった。
 自分が歳を取るごとに気をとられることが多くなって、元気だった祖母だって歳を取っていくことも忘れていた。
「健二さんはおじいちゃんおばあちゃんは」
「うちは全然。ほとんど親戚づきあいってないから、万里子さんが『もう親戚も同然だから』って野菜を送ってくれたりするのが新鮮なんだよね」
「小学校の時はずっと鍵っ子?」
「うん。周りにもそういう子が多かったな」
 気にした様子もなく箸を運んでスパゲッティを口に入れた瞬間変な顔をした。
「家に帰っても、今ならすぐOZを開いちゃうけど、小学校の時はまだOZも一般的じゃなかったからさ、父さんの部屋にあった数字パズルの本を片っ端から解いたりしてた」
「テレビゲームじゃないんだ」
「あんまり買ってくれなかったんだよね。親の目がなかったら何時間でもやっちゃうからって。その分、本は欲しがったらいくらでも買ってくれたけど。数学以外何も伸びなかった」
 健二は笑うけど、その一つっきり伸ばした才能が世界を救ったのだ。小学生の健二が数字の世界にのめり込まなかったら、こうして笑いながらからあげを頬張ったりしていないだろう。
 この部屋でひとりきりで数学の問題を解き続ける姿を思ったら複雑な気持ちも湧き上がった。
「育児休暇ってことは、そのうちしたら聖美さんはまた復職するの?」
「妹が三歳になったらね」
「じゃあ今度は佳主馬くんがお迎えに行ったりするのかな」
「そっか。……なんとなく、妹も僕と同じようになるんだと思ってたけど、もうばあちゃんに頼れないんだ。考えたこともなかった」
 母の仕事は基本的には日勤だが、人手が足りないときには夜勤もあった。そんな日に祖母の家に泊まるのも幼い頃にはイベント気分で楽しかったものだが。
 伏せた視線をちらりと健二に向けると、何を気にしたのか取り繕う様子で言葉を足した。
「あ、でも部活とかやったら遅くなっちゃうかな」
「そういう予定はないけど……」
 家を飛び出すまでの妹の様子だとか、妹が生まれてから目につくようになった外出先で騒ぐ幼い子供を思い出して唇を噛む。
「今の調子じゃ喧嘩せず過ごせそうにないよ」
「そう?喧嘩も、楽しそうだけどなあ」
「相手が十三歳も下の女の子でも?」
「翔太兄はチビ達とも平気で喧嘩してたよ」
「アレと一緒は嫌だな」
「…………」
 大抵チビたちのいたずらが原因なのだが、言い争っている様子がまったくどうレベルなのだ。夏希などがチビたちを怒鳴っていたら大人は必ず夏希の味方につくが、翔太の場合は両成敗。
 でも、あんなのでも家にいたら賑やかだろう。佳主馬にとってはうるさいばかりなのだが、健二は自分を敵視してくる翔太を気に入っているフシがある。
 フォローの言葉を探しあぐねいている健二をよそに、先に食べ終えた弁当のパックを流しで軽く洗ってシンクに立てかけた。
 そのままリビングには戻らず健二の部屋で隅に固めてある服をかばんに詰め込んだ。携帯の充電ケーブルと音楽プレイヤーと、ヘッドフォンはパソコンと一緒にリビングだ。
 荷物一式を持って戻っても健二は驚いた顔はしなかった。
「母さんはいいって言ってたけど、とりあえず帰るよ」
「うん。駅まで送るよ」
 新幹線のダイヤに余裕があるのでのんびり向かった。途中で定番の東京土産を買った。祖母と住宅用の二箱。
「中身、柔らかいカステラとクリームだけど、赤ちゃんでも食べれるかな」
作品名:兄さん 作家名:3丁目