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一番

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「伊助。

戸が開いて夕暮れを背にして誰かが部屋に入ってきた。
誰かなんてわかっている。

「伊助、やっと話できるね。

優しい声音で言うと庄左ヱ門はぼくの正面に座った。
いつもの部屋で、いつも一緒にいる庄左ヱ門のはずなのに、こうして話すのが初めてに感じるほど久し振りに庄左ヱ門と話す気がした。

「山田先生と土井先生に、伊助の様子を見てほしいって言われたんだ。

先生方が…?

「テストの後、裏山に行く伊助を先生方が見ていらしたんだ。ぼくが学級日誌を提出しにいった時に、最近伊助の成績が良くなったり悪くなったりしていたと仰ってて。山田先生には調子が悪いとだけ言ってたみたいだけど、裏山に行く姿を見てやっぱり何かあるんじゃないかって思われたらしい。

そっか…、裏山行くところ見られてたんだ。
でも、そろそろ先生方には気付かれる頃だと思ってたよ。

「だけど伊助、ごめんね。

…?
どうして庄左ヱ門が謝るの?

「ぼくは伊助の同室なのに、伊助が何をしていたかを知らなかった。忙しさを言い訳にしてクラスメイトの様子を見られなかったなんて…学級委員長失格だよね。

違うよ!庄左ヱ門は悪くない!

「…伊助?

庄左ヱ門に気付かれないようにしてたんだ!
放課後に裏山に行って、夕飯までには帰ってきて、寝る前もちょっと庭に行ってきて。
庄左ヱ門が部屋に戻ってくるまでには寝てるフリして。
秘密で特訓してたんだ。

「特訓…?何それ?

…、しょうがない、話すよ。
ぼく、実技の成績を上げようと特訓したんだ。

「いいことじゃない。別にぼくに秘密にする必要なんか…。

違うんだよ、お利口な理由で成績を上げようとしたんじゃないんだ…!

「…。伊助?

ぼく、団蔵のところに行きたかったんだ…。
いつも実技の成績は、一位が庄左ヱ門で二位が団蔵だろ。
実力で庄左ヱ門の隣に並べる団蔵が羨ましかった…。
でも今の実力じゃあ団蔵には勝てない。
団蔵のところに立って、見返してやりたかった。
団蔵にヤキモチ妬いてたんだ…。
その気持ちを見せたくなくて、秘密にした…。
全然お利口じゃないだろ?

「でも伊助がそんなふうに競争心持って勉強に励むのは悪いことじゃ…。

庄左ヱ門…!

「…っ!?

…ぼくは庄左ヱ門に勢いよく抱き付いた。
受け止めきれずに庄左ヱ門はそのまま床に倒れこんだ。

「伊助…?

庄左ヱ門が一番だから団蔵のところに行きたいんだ!
ぼくは庄左ヱ門の隣にいたいんだ!
ぼく…庄左ヱ門のことが好きだから…!
同室で、学級委員長で、みんなに優しい庄左ヱ門のことが好きだから!

「伊助…、ぼく達同室でしょ?いつもぼくは伊助の隣にいるじゃない。

でも…!
ぼくが…、ぼく達が同室じゃなかったら……!

「……。

ぼく達はたまたま同じ部屋になっただけなんだ…!
庄左ヱ門…!ぼく達が同室じゃなくてもこんなふうに一緒にいてくれる…?
同室じゃなくてもぼくの隣にいつもいてくれる…?
庄左ヱ門…、ぼくは……。

「伊助、そんなこと考えなくてもいいじゃない。ぼくは伊助以外の誰かと同室だったら、なんて一回も考えたことないよ。

それは庄左ヱ門が優秀だからだよ…!
…どうしよう、止まらない…。

「伊助…。

ぼくはその優秀な庄左ヱ門の同室なんだ!
ぼくは全然優秀じゃないから、ぼくとペアになると何かと不利だろ?
ぼくは…

馬術は上手くないし、
剣術だって上手くないし、
火縄銃が得意でもないし、
カラクリも作れないし、
足も速くないし、
頭だって全然良くないし!

何もいいところがないじゃないか…!
そんなぼくが学級委員長の同室だなんて、ぼくは悔しいんだ!
もっと庄左ヱ門の隣に立つのに相応しくならないと駄目だ、同室でなくても庄左ヱ門の隣に立っていたいんだ!

「……。

だから…、ぼくは実力で…、庄左ヱ門の隣に並べるように…実技の特訓をしたんだ…。
でも結局テストまでにそんなに成績は良くなんなくて…団蔵には勝てないまま…。
先生方には怒られるし…、ぼく、もうどうしたらいいんだよ……!



「いーすけっ。

突然体が持ち上がったと思ったら、ぼくの下に倒れていた庄左ヱ門がぼくに抱かれた体勢のままぼくの体ごと自分の上体を起こしていた。
あの体勢から二人分の体重を持ち上げたことにびっくりしたけど、ぼくがもっとびっくりしたのは
すごく眩しくて
優しさでいっぱいの
庄左ヱ門の笑顔が目の前にあったことだった。
それに釘付けになっていると、また突然体が動かされた。
さっきとは別の方向。
庄左ヱ門は背中から床へ、ぼくはその庄左ヱ門の上へ。
さっきぼくがいた位置に戻った。
そうして、庄左ヱ門はぼくの背中に手を回してぎゅーっと抱きしめた。

「伊助は今のままで充分優秀だよ。同室のぼくから見たらね。

なんだよ、それ。
と思ったけど、さっきの庄左ヱ門の笑顔を見た後では何も言い返せなかった。

「伊助はよく気が付くでしょ?ぼくが一つのことに集中してる時、もっと他に見なくちゃいけないことがあると伊助はすぐ教えてくれるよね。それ、すっごく助かってるんだよ、ぼく。
「それに、ぼくにはできて当たり前のこともは組のみんなは簡単にできないことをぼくがやらせようとした時、しっかり指摘してくれるのは伊助ぐらいだしね。
「クラスのことで悩んでるとすぐに気付いて相談に乗ってくれる。その時も伊助は普段からみんなのこと見てるから、ぼくがよく知らないクラスのこと教えてくれるし。…そんなこと、他の連中はやらないだろ?
「伊助、

いいところばっかりだよ!

庄左ヱ門の言葉の一つ一つが、ぼくの中に零れた墨のような真っ暗な気持ちを、優しく包み込んでいくような、
今まで必死になって団蔵を負かそうとしたことも、ヤキモチを見せたくなくて隠れながら努力することも、
全部、
すごくつまらないことのように感じた。

そうだ…、ぼくは……

庄左ヱ門が、元気には組の学級委員長やってるのを見てるだけで…

「何もいいところがないなんてことないよ。伊助からしたら当たり前にやってることも、他の誰かにとっては当たり前じゃない。それが当たり前にできるなら、それって伊助のいいところだよ。

ああ、今、庄左ヱ門がすごく嬉しそう。
ぼく達は組のいいところを考えたり、口に出してる時ほど庄左ヱ門が嬉しそうなことはない。
いつも、同じ部屋でそれを見てきた。
ぼくはそんな庄左ヱ門が

大好きだ。

「ほら、普通さ、自分がお利口に思ってないことをしてるのに、人には相談できないし。そうやってはっきり自分の気持ちを言える伊助はすごいよ。

「…庄左ヱ門。

「…?なあに。

「ありがとう。

「もう大丈夫?

「うん、庄左ヱ門のおかげで、楽になったよ。

「そう、よかった。もし実技の成績上げるために特訓したくなったら言ってね。ぼく、付き合うよ。

「ううん。ぼく、もう特訓しない。今のままでいいや。

「そっかー。学級委員長のぼくとしては、成績上げてほしかったんだけどなー。

「はは、庄ちゃんてば冷静だね!

「こんな学級委員長のぼくだけど、これからも同室として一緒にいてくれる?

「当たり前だろ、ぼくの大好きな学級委員長さま。
作品名:一番 作家名:KeI