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ウルトラマリン・ブルー

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 いまやほとんどの珠魅たちがあまり自分たちが傷つかないで済むように閉鎖的な生活を送っているためか、涙を忘れてしまった者、流すことが困難である者が増えてきている。そんな中で俺はすんなりと涙石を作り出すことのできる、珍しい珠魅だった。昔から割とちょっとしたことでぽろぽろと泣いたものだから、集落の者たちからは癒す傷もないのにあまり泣くんじゃない、強い騎士が現れたらいくらでも泣いてそのひとのために役立てばいいだろうと言われたものだった。本当は俺は騎士になりたかったのに、涙腺の弱さ故に男の身で姫を務めることはずっと昔から決まっていて、年の近い弟分であるシュンにさえいざとなったら俺が兄ちゃんの騎士になってやるよと笑われたことさえある。
 モトキさんは強くて、そしていくら集団生活をしていても根本的な部分では他人を鑑みない人だ。だから、泣ける姫たちの中でも、沢山傷を癒せて、そしていざとなったら壊れても仕方のない、捨石の座の俺が彼の姫になった。そして彼がそれに不満がない、もしくはどうでもいいという、ただそれだけのことだ。恐らく今彼が俺を連れているのは、戦いにおいて傷を癒せないのは困る、あとは道案内だとか、身の回りの雑用であるとか、面倒なことをやってくれる者が近くに欲しいだけなのだろう。
「タカヤ」
 はい、と聞こえるか聞こえないかの声で返事をすると、モトキさんは真剣な顔をして立ち上がった、剣に手をかけ、少し腰を落としている。
「モトキ、さん?」
 釣りあがった瞳が更に鋭く、ねめつけるように森の奥を見つめる、東の方角。
「近くに珠魅がいる」
「!」
「――輝きが弱い」
 つまり、それはその珠魅が弱っているということで、その近くに敵がいる可能性も低くないということだ。気が付けば、俺の核も微弱ながら反応を示していた。
「往くぞ」
 音もなく木々の間をすり抜けて、モトキさんは道と呼べたものではないけものみちを走る。俺はせめて彼を見失わないようにして、息を殺してその背中を追う。
 進んで行けば、小鳥のさえずりや小川の音に混じって荒い息遣いと共鳴の音が大きくなって、開けたところに出たならばその持ち主が青々とした草むらの上に倒れているのを認めることが出来た。
「…これは、手遅れ、だな」
 モトキさんの背中越しに倒れていた人物を見つめる俺には、その言葉にどんな感情が込められていたのか知る由もなく、あまりの惨状に唇の端をかみ締めるので精一杯だった。
 周りに危険がないと判断すると、モトキさんは身をかがめ、剣の柄にかけていた左手をそっと倒れていた珠魅の瞼に触れさせて開いたままだった目を閉じさせてやる。そして本来美しかったであろう長い髪を軽く整えてやり、転がり落ちていた傷だらけの核を手に取る。その一挙一動を俺は後ろから見ていることしかできなくて、墓を作るとモトキさんが声をかけるまでずっと立ち尽くしていた。
 かつて同じ集落にいた、女性だった。


 恐らく砂漠で帝国軍にでも襲われて核が傷つき、そこからここにくるまでに次第にひびが大きくなって、ついには真っ二つに割れてしまったのだろう。その経緯を考えると、どれだけ彼女が苦しんだのか想像するだけで核が傷んだ。皆集落を抜けるときには騎士と姫が一組か二組程度で出て行ったから、少なくとも他に一人以上死者が出ているだろうことを考えて俺は更に胸が苦しくなって涙が溢れそうになる。
 彼女はよく笑うひとで、何も知らない俺にも優しくしてくれたとてもいい人だったのに。出て行くときにまたどこかで、と言った彼女の声が思い出されて、ついには俺の目から一粒涙が零れて、地面に着く前に涙石になった。
 モトキさんが二つに割れた核を土に埋めて、彼女の身に着けていた装飾品を盛った土の上にそっと置いてから数回叩いて形を整える。幸いマナの豊富な土地だから、もしかしたら数百年の後また形を得て珠魅として生まれるのかも知れないなと言った彼の言葉に、また俺は泣いた。
「タカヤ?」
 ようやく彼が振り向いた。留まることを知らない涙の膜の向こうで、モトキさんが顔をしかめたのを見る。俺の嫌いな表情だった。
 彼は俺が彼以外のために泣くたびにこの顔をする。疲れたみたいに、面倒なものを見るように、呆れ顔をして後ろ頭を掻く、その顔が俺は大嫌いで仕方がなかった。
 行商人の話に涙しても、集落の仲間が傷ついて泣いても、彼はそれが同じ程度のものだと言うようにいつもその表情を浮かべる。俺は彼のことが嫌いなわけじゃないのに、そのときだけはどうしても彼のことを許すことができなかった。
 たとえ日が暮れたからといって自分が前線をいきなり退いたときに仲間が傷ついたのだとしても、彼は全く同じ顔をしていたのだから!
「…泣くほどのことかよ」
 心底面倒臭そうな声で言った彼に、ついに俺は何かがぷつんと途切れる音を聞いた。
「……っ!」
 仲間のために泣いて、傷を癒して、命を削って何が悪い、何がいけない!
 彼の長身を無理矢理押し倒して、馬乗りになる。少しだけ端正な彼の顔が歪んで、背中が石にでも当たったのだろうと俺は頭の中にほんの一握りだけあったいやに冷めた部分でどうでもいいことを考えた。
 そして更に拳を振り上げ、どこでもいいから彼に振り下ろそうとして、その瞳ににらまれてそれができなくなる。自分が怯んだのだ、と認めるのに数秒かかった。
「…肩、傷ついたらどうしてくれるんだよ」
 そこでようやく俺は彼の左肩をつかんで押し倒したのだということに気が付いた、初めて触れたそれは思っていたよりも普通で、それが逆に恐ろしくてたまらなかった。もし火石がそこに埋まっていたり、完全に無機物でできていたりしたのなら、いっそ彼はちがういきものなのだと納得することもできたかもしれないのに。考えて、自分がどこかでそんな風に思っていたことに、愕然として、

「離せ」

 左肩をつかんでいた腕を掴まれて、それがちゃんとした皮膚の感触なのに凄く冷たくて、俺はまた涙が目の端に浮んできたのを知った。












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「彼はそれはそれは気高い珠魅だった。
 自身の核の輝きに誇りを持っていたし、どんなときでも卑屈になどならなかった。
 大昔にアーティファクトに埋め込まれていた宝石なのだとか、かつて妖精を率いていたアイオンが奈落で掘り出して身に着けていたパワーストーンであるだとか、挙句の果てにはマナの女神の眷属である天使の生まれ変わりのうちの最後の一人であるとか、彼の出生についてはそれはもう何遍も何遍も討論が繰り返されてきた。でも、そのうちの一つだって彼は肯定しなかったし、逆にそれらに焦れて自分から何かを語ることなんてなかった。
 気が遠くなるほどの時間を過ごしているにも関わらず、彼の核は一遍の曇りもなく輝き、手を仰げばその場の全員が一斉にそちらを向くほどの魅力と力強さを常に持っていた。そしてそれを心得ていてなおかつ過剰な自己評価はしない優れた人物であった。