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ウルトラマリン・ブルー

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 その彼が、突然人が変わったようになってしまったのはほんの十数年前のことである。
 彼は才気に溢れた人物であったが、群れるのは性に合わないのだとあまり傷を舐めあうようなことを好かなかった。だから、ディアナの唱える珠魅の集落の都市化が気に入らなかったらしく、ほんの少数の仲間と連れ立って彼はディアナの誘いを断った後に旅立って行った。
 その小さな珠魅の集団が争乱の世を生き抜くために選んだのは人間と協力をすることだった。信用がならないと言って数人の仲間は離れていったけれど、それでも彼は自分の判断を揺るがせなかったし、何より人間たちが思っていた以上に協力的だったために彼はそれを信用したのである。実際しばらくの間は上手くいっていた。珠魅たちが魔物の討伐に力を貸し、人間たちは珠魅たちが悪意ある者に狙われないよう援助をする、などお互いにより快適な生活を送れるように協力しあった。まだ涙を流せる珠魅は少なくなかったし、人間社会で生活するにおいて人間の援助があるのは心強い。
 ただ、上手くいきすぎたのがいけなかった。噂を聞きつけた珠魅や人間たちが仲間に加えてくれと少しずつ人数を増やしていき、彼もそれが悪いことだと思わなかったために止めようともしなかった。しかし人数が増えればその分集団としての統制は取れなくなるのは当然のことで、一部には悪意を持って彼に取り入ろうとする者も居た。
 崩壊するのはあっという間だった。
 仲間のうちの何人かが、彼ら珠魅を罠にかけ、魔法学校の研究員たちにその核を差し出そうとしたのである。
 縛り上げられ、一箇所に集められ、まるで単調な作業をするように珠魅たちは核を抜き取られていった。彼は仲間たちが目の前で死んでいく様を何もできずに見せつけられていたという。
 今、その中にいた珠魅たちの中で五体満足で存在している珠魅は彼と、その他に数人しかいない。ほとんどの者は核を奪われ、戦争の種火として使われ、最終的にぼろぼろにひび割れて使い捨てられた。
 そう、彼は生き残った。僅かに生き残っていた仲間に助けられて、核を痛めつけられながらも生き残ったのだ。
 そのおかげで全滅は免れ、策略を企てた者も魔道師たちも退けることができたが、とてもではないがお互いを信じて生きていくには誰もが心と身体を消耗していた。彼を中心にして集まった者たちは、やはり彼を中心にして散っていくことになった。
 彼らを罠に陥れた者たちの中には珠魅も少なからず居り、そのせいで彼はその事件を境に人間はおろか珠魅でさえ信用しないようになっていった。
 彼は特定の姫と共に行動しようとしなかった。どこかの集落に長く滞在することもなかった。そして核には、涙石をいくらつぎ込んでも決して癒えることのないほんの小さな傷が、今でも切なく青紫の光を乱反射させている。」



 滔々と、読み上げるように彼は語った。
 意識がゆっくりと薄れる中で俺はそれを聞いていた。
「ああ、ごめんね」
 彼の指が頬を撫ぜる。
 あのひととは違う指だった。
 重くなる瞼のすきまから彼の表情を盗み見ると、最後に彼は何かを呟いたようだった。
 確かに聞いたはずなのに、俺はその言葉を組み立てることができずに深い眠りに落ちていった。










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 俺の騎士は泣き虫だ。
 珠魅として生まれて日が浅いせいもあるんだろうが、それにしたってかなりの泣き虫だ。
 そいつの名前はミハシという。煌めきの都市で生まれて、そこで核の位以外に理由無く玉石の座に据えられていたもんだから恨みを買って、でも決して騎士をやめようとしなかった頑固な一面もあるくせに声をかけただけでビクビクする変わったやつだ。なんでも風の王セルヴァが身に着けていたダイヤを核に生まれたそうで、それはもう身分としては文句なしに位が高いものだから余計に反感を買っていたらしい。
 でもそいつが自分の意思でここの集落にやってきた覚悟は相当なものであったし、それにミハシは決して騎士として弱くなどなかった。腕力があるわけでも知略に長けているわけでもないが、魔法の扱いに長けた変わった騎士なのだ。そしてそれは才能だけのものではなくほとんどが努力による能力であり、まさにダイヤモンドの宝石言葉である「不屈」の精神の賜物であった。
 それなのに周りからそれを認められなかったものだから、ミハシは何でもかんでも怯えてはごめんなさいとすぐに謝るような卑屈な珠魅になってしまったんだ。
 俺はそれが悔しくて、悔しくてならなかった。誰だって最初から強いわけじゃない、何でも知っているわけじゃないから努力するのにそれが認められないのが悔しくて堪らなくて、だから俺は、ミハシの姫になりたいのだと強く思ったんだ。


 オレの姫は、すごいひとだ。
 見た目は、オレと同じくらいだけど、何歳なのかオレは知らない。
 そのひとはアベくんっていって、生まれだとかはあんまり話そうとしないけど、今大きな都市でロードナイトをしている偉い人の姫だったこともあるみたいだった。そんなひとがオレと組んでいいのかなって思ったけど、いいんだよって言ってくれたから、(たとえそれがお世辞だったとしても)オレはアベくんの言うとおりに頑張ろうと思った。
 アベくんの核は少し小さめの、でもその分綺麗な形をしたラピスラズリで、宝石言葉が「真実」なんだって!ってタジマくんに聞いてオレはどきどきした。大きな黒い目をしていて、本当に真実をいつも見抜いてるみたいだったから宝石言葉の通りなんだ!って思った。
 少し怖いけどアベくんはすごく頭が良くて、それで、そのアベくんはオレの姫なんだ。側についていてくれて、傷を癒してくれる。集落の皆もすごく優しくて、俺は本当にこんなに嬉しくていいんだろうかってくらいに幸せだった。
 だからオレはアベくんを、絶対に守ろうって、アベくんの騎士でいようって思ったんだ。









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 その日集落を尋ねてきたのは人の良さそうな宝石商だった。
 珠魅狩りが激しくなる一方のこの時代、珠魅の集落に一人ろくに武装もせずにやってきたものだから気が違えているのではないかと疑ったのだが、即座に身構えた俺たちをマリア師はなだめて出迎えるようにと笑った。