黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23
バルトはサーベルの切っ先をヒース向ける。
「今日は偵察だから暴れんな、って言われてっけど、予定変更だ! 天界の強敵は一人でもツブしといた方が後が楽だろうから、デュラハンも納得すんだろ」
「ふん、敵の前でそんなにペラペラしゃべっていいのか? 貴様らの目論見は全て明かされたぞ」
「ひひっ! テメェが死ねば関係ねェよ。……さあ、いい声で鳴けよ!?」
バルトはサーベルを顔の横に置き、刺突しやすいように構える。
「いくぜェ!」
バルトは笑い声を上げ、サーベルを突きだした。
ヒースは体を開いて難なくかわし、返しの刃を振るおうとする。しかしバルトはサーベルを横に振り回し、ヒースの攻め手を封じた。
ヒースは敵の攻撃を見切り、反撃の瞬間を窺う。しかし、バルトの剣は型にはまったものではなく、太刀筋が安定せず読みにくい。
「おらっ! おらっ! どうしたァ!? 避けてばっかじゃ勝負になんねェぞ!」
太刀筋のめちゃくちゃな攻撃は続く。しかし、そんな我流の人斬りの剣に、いつまでも手出しできないヒースではなかった。
「はあっ!」
斬り下ろし攻撃が来た瞬間を狙い、ヒースはバルトの剣を弾き返した。
攻撃を弾かれ、両腕を上げてしまったバルトの体へ、ヒースは攻撃を仕掛ける。ヒースの刃は間違いなくバルトを斬るはずだった。
「甘ェぞ!」
バルトは後ろに倒れ込むようにしながら、両足で蹴りを放った。
「なっ!?」
今度はヒースの方が剣を弾かれ、隙をさらしてしまった。
「ひはは……!」
バルトは全身をバネにしてはね上がり、空中を舞い、落下と同時にサーベルを振った。
ヒースはすぐさま体勢を立て直し、剣で攻撃を防御した。
ガチン、という金属音が響くと、剣から伝わる反発力で、二人は互いに後退する。
太刀筋の読めない剣を振るう相手に、厄介と感じる視線、天界で最強の剣を振るう相手に歓喜する視線、それぞれ相対する視線が交わった。
「ひひひ……! ……おもしれェ、最高にいいぜお前!」
「狂人め……!」
ヒースはこの戦いを早々に終わらせたかったが、上手く行かず、歯噛みした。
今はマリアンヌの事が気になり、戦いに十分に集中できない。焦る気持ちは、バルトの読みにくい太刀筋を、更に厄介なものにした。
「失せろ! 俺は今、貴様と戦っている場合では……」
「ヒース!」
ヒースとバルトに、娘の叫ぶ声が聞こえた。ヒースは声の主を一瞬で判断する。
「その声は……!?」
マリアンヌが遠くから、こちらに向かって駆けているのが目に入った。
「あァ?」
バルトは首だけを曲げ、後ろから近付いてくる者の存在を確認する。
「ヒース……!」
「だめだ、来るな、マリアンヌ!」
マリアンヌは驚きつつも、ヒースの制止に足を止めた。
「んだテメェ? お楽しみの所に割り込んでくんじゃねェ!」
バルトはナイフを取り出し、それをマリアンヌへと投げつけた。
「くっ……!」
ヒースは、瞬間移動と紛うほどの速さで飛び出し、マリアンヌの前に立ってナイフを弾き飛ばした。
三本投げられたナイフは、見事全て地面に落ちた。そのはずだった。
「あ、あぁっ!」
マリアンヌのか細い悲鳴が響いた。
「マリアンヌ!?」
僅かに弾けなかったナイフが一本、マリアンヌの肩に突き刺さっていた。
「うう、ああ……、ん……」
マリアンヌは地に倒れ、痛みに喘ぐ。
「貴様、よくも……!」
ヒースは怒り、瞳孔の開ききった目でバルトを睨む。
「くはは……! イイ目だねェ! だが、その女、すぐに手当てしねェとヤベェぜ? あのナイフに塗ってあった毒は、地獄に住む狂暴な蛇の毒だ。ほっときゃ、たちまち体の中を腐らせんぞ!」
「何だとっ!?」
ヒースは急いでマリアンヌに刺さるナイフを抜いた。抜いた瞬間の痛みで、マリアンヌは小さく悲鳴を上げる。
「ひゃはは……! もう遅ェよ、そいつの手当てはできねェ。何故なら、オレがテメェをぶっ殺すからだ!」
バルトは構える。
「死ねやァ!」
バルトのサーベルが、何もできず、マリアンヌを守ろうとするヒースを貫こうとした。その時だった。
「ヒース副長!」
ヒースにとって聞き覚えの声と共に、援軍の姿が見えた。
「あァん?」
仲間の騎士達は異形のバルトを見ると、皆一様に武器を取った。
「お前達、来てくれたのか!?」
「ちっ!」
バルトは非常に恨めしそうな顔で、大きく舌打ちする。
「貴様が魔性の存在だな!? 覚悟しろ! 我らが天界の地に土足で踏み込んだこと、後悔せよ!」
一番隊隊長が叫ぶと、その隊と二番隊の騎士全員が武器をバルトに向けた。
多勢に無勢であった。さすがのバルトであっても、この人数を相手取るのは不可能だった。
「ちっ! わらわらと群れやがって、ここは引くしかねェ……。ヒース! テメェとの勝負はお預けだ。次こそテメェをぶった斬ってやる!」
バルトは捨て台詞を残し、上空に跳んで木々の上を跳びながら姿を消した。
※※※
デモンズセンチネル、バルトという狂戦士との戦いの後、ヒースは急ぎ、宮殿の医術師達にマリアンヌの治療を頼んだ。
ナイフが刺さった時に入った毒により、出血がなかなか止まらず、一時マリアンヌは大量出血で危険な状態になったが、処置が早かったおかげで一命を取り止めた。
その後の世話はヒースが引き受け、マリアンヌを自室へと連れていった。今、マリアンヌはヒースのベッドの上ですやすやと寝息をたてている。
ヒースはベッドの端に腰かけ、マリアンヌの寝顔を見守っていた。
医術師の話によれば、峠を越えたとの事であったが、不安は拭いきれなかった。
マリアンヌを危険な目に遭わせてしまった。守りきれなかった。様々な悔恨の念が、ヒースを支配していた。
ふと、ドアがノックされた。
「ヒース、私だ。入ってもいいか?」
ドアの向こうから聞こえたのは、ユピターの声である。
「ユピターか、鍵なら開いてる」
ヒースの返答を聞き、ユピターは部屋に入ってきた。そして部屋を歩き、ヒースの机の椅子に腰かける。
「マリアンヌ殿は無事だったようだな。お前も特に怪我をしていないようで安心した」
「俺なら傷一つ負っていない。だが、マリアンヌが……。……夢の通りだ、俺がもっと早くにマリアンヌのもとへ行っていれば……」
ここ数日に見ていた悪夢が、こうして現実のものになってしまった。
「ヒース、ひとまずの危機は去ったのだ。そう自分を責めるな」
「これがぬけぬけとしていられるか!」
ヒースは思わず大声を出してしまった。マリアンヌの寝顔を確認し、安らかに眠っているのを見てから、すまない、と詫びる。
「神軍会議はどうなった?」
天界に魔物が出現した後、聖騎士団並びその他の神々の直下に所属する部隊、その代表を集めての会議が開かれた。
本来ならば、聖騎士団、ガーディアン・ナイツの副団長であるヒースも参加すべき会議であったが、ユピターが気をきかせ、ヒースを欠席させてくれた。
「なに、心配はいらんよ。誰もお前を責めたりはしていない。むしろ来ていた方が皆お前を責めていたことだろう。不義だとな」
ヒースを慰める為の言葉であったが、ヒースの心は安らぐはずがなかった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23 作家名:綾田宗