黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23
「そんな事は訊いていない。会議の内容はどうなったかと言っているのだ」
どうしてもヒースの言葉は、ユピターに冷たく当たるものになってしまう。
「……すまない」
「いや、分かっている。私も軽口だった、すまん。会議だが、イリス様が直にご参加してくださった」
「イリス様が!?」
ヒースは驚く。それもそのはずで、天界にいる者、とりわけ神子ならば、彼女の名を知らぬ者はいない。
虹の女神と呼ばれるイリスは、多数存在する神々の中でも高位に位置し、その実力も天界で五本の指に入るとされている。
人で例えるなら、王国における一介の兵士と王族の者ほどの身分の差がある。それに加え、実力も一兵卒どころか、隊長すらも遥かに超えるほどの力を持っているようなものだった。
そのような高貴なお方が直接出向くような会議を、副長の身でありながらヒースは欠席してしまった。しかるべき罰が下っても仕方がない。
「俺は、なんという過ちを……!」
「心配するな、ヒース。先ほど私が言った事だが、あれはイリス様の言葉だ」
「さっき……?」
「ああ、お前が会議に出ていたら、むしろその事を不義とするということだ。他にもイリス様は、お前に申し訳ないことをしたと仰っていた」
「イリス様が、俺に詫びを?」
「そうだ。大切な人を危険な目に遭わせるような事をしてすまない、とな」
イリスはずいぶん前に、天界に魔物が来襲することを予知していた。しかし、天者や神子、他の神々の混乱を防ぐため、長く表沙汰にしていなかった。
魔物の来襲について知っていたのは、イリスを含むごく僅かであった。イリスは様々な策を弄し、魔物の来襲に備えていたが、まさか偵察部隊がこんなに早く来るとは思っていなかった。
その為にイリスは、天者、マリアンヌが一人怪我をした事を聞いて、ひどく嘆いていたとのことだった。
「イリス様が、そんな……」
「信じられぬかもしれんが、本当だ。イリス様はご自分の責任だと、終始自らを責めていらした」
もっと早くに対策を練っていれば、誰一人も血を流す事はなかったと、イリスは後悔していた。
不意に、部屋のドアがノックされた。
「遅くに失礼いたします。ヒース副長のお部屋はこちらでしょうか?」
ドア越しから聞こえる声は女性のものであった。
「すまぬが、どちら様だ? 今は取り込み中だ。急ぎでないのなら出直してはもらえぬか?」
ヒースはまともに取り合わず、すぐにお引き取りを願う。
「そのお声、まさか……!?」
対してユピターはこれ以上ないほどに驚き、急いで扉を開けた。
「おい、ユピター。勝手に部屋に……」
人を入れるな、という言葉が、ヒースの口からでる前に消えた。彼もまた、この上ないほどの驚きに支配されたからである。
ドアの向こうにいたのは少女であった。
簡素な白のドレスを身にまとい、背は低く、体型もそれに準じて細身である。白に近い紫色の長髪で、澄んだ真紅の瞳は、見れば見るほどに神秘的な雰囲気を受ける。
少女は一礼した。
「夜分遅く、失礼します」
ヒースの部屋にやって来た突然の来客は、この天界において、高位に位置し、その実力も最強のものとされている虹の女神。
「い、イリス様……!?」
イリスが直に、その姿を見せたのだった。
ヒースとユピターは、それぞれベッド、椅子を立ち、床に膝まずいた。
「ユピター団長もいらっしゃいましたか。あぁ、どうぞお顔を上げてください。来訪者は私です。頭を下げるのはむしろ私の方ですよ」
そう言ってイリスは、ぺこりと頭を下げる。天界で高位に位置する神でありながら、イリスは物腰柔らかく、言葉遣いも丁寧である。
名こそよく知られている彼女だが、姿を知らない者は多く、知らないものからすれば、たかが少女一人に大の男が何故膝まずいているのか不思議に思うことであろう。
そんなイリスから気遣いを受けるが、ヒース達はなかなか頭を上げる気にならなかった。しかし、いつまでこうしていても始まらないので、二人は恐縮しながら頭を上げる。
「イリス様、私の部屋などに何故いらしたのですか?」
ヒースはイリスへ席を用意し、恐れながら訊ねる。
イリスは、ヒースの用意してくれた小さな椅子に座った。
「突然押し掛けてごめんなさい、ヒース副長。まずは今回の事をお詫びさせてください」
マリアンヌが魔物の手にかかる事態を起きた事を自らの責任と言い、イリスは謝った。
「民の皆さんの混乱を招かぬため、ずっと黙っていたことが見事に裏目に出てしまいました。ヒース副長、本当にごめんなさい」
イリスは椅子に座りながら頭を下げた。
「いえ、そんな……。悪いのは憎き魔物、イリス様の責任ではございません」
「……許していただけるのですか? ありがとうございます。ですが、もう二度と彼女のような犠牲を出さないためにも、私達には一刻の猶予もありません。今日はユピター団長、そしてヒース副長にお話があって参りました。お二人揃っていて都合がよかった。私の話を聞いていただけますか?」
二人は頷いた。イリス自らヒースを訪ねてきたのである。さぞ大切な話に違いなかった。
「ありがとうございます。では……」
イリスはこれまで行ってきたこと、そして魔物への対抗策について話し始めた。
「彼らが偵察にやって来たように、私の方も魔界へ偵察を送りました。そして天界を、いえ、私を狙うものの正体を掴みました。それは、大悪魔デュラハン……」
魔物の侵攻をいち早く察知していたイリスは、先手を打って彼女の側近、メガエラを魔界へと送り込んでいた。
復讐を司る女神であるメガエラは、元来気性が荒く、神らしい神聖な雰囲気が欠落していたが、それがかえって魔界のものに成り済ますのに役立った。
そうして魔物に成り済まし、天界へと侵攻しようと企てる首謀者を突き止めるに至った。
それが、魔界において恐ろしいまでの力を持ち、大悪魔と称されるデュラハンであった。
普段、書物を読む習慣のあるヒースには、その大悪魔と呼ばれるものの存在を知っていた。
「イリス様、デュラハンとは、あの首なしの騎士の事でしょうか?」
ヒースは訊ねる。
「よく知っていますね、ヒース副長。そう、その姿は、首のない騎士で、かつては死神の一種とされていました」
「デュラハンについてなら、私も一つ存じております。なんでも、数千年の昔にも天界を襲ったことがあったのだとか……」
「その通りです、ユピター団長。かの大悪魔は、太陽神ソルの力を欲して天界に来襲しました」
それは数千年前の天界での話である。
かつて、ソルと呼ばれる太陽の女神がいた。太陽とその力を持っていた彼女は、全ての世界において最高の位置に存在していた。
ソルがいるからこそ、天界にもウェイアードにも太陽が登る。ソルがこうした不変の理を作り出したのだ。
一方、時を同じくして魔界には、野心に溢れる魔物が存在した。魔界において最強の力を誇り、その力を以て魔界の全てをその手に収めていた。
後の世に、大悪魔と呼称され、魔物からも、天界の神々からも恐れられる存在、デュラハンであった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23 作家名:綾田宗