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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23

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 しかし、そんな彼なりの、感謝の気持ちを表した微笑みは、マリアンヌを魅了するのだった。
「あの、これを……!」
 マリアンヌは勇気を出し、ヒースに小さな袋包みを差し出した。
「これは?」
 ヒースは受けとる。
「開けてもいいか?」
 マリアンヌが頷くのを確認し、ヒースは袋の口を結ぶ紐を解いた。
 中に入っていたのは、手作りと思われる、一口大のクッキーであった。
「お礼にと私が作りました。お口に合うか分かりませんけど……」
「君が作ったのか。ありがとう、実は菓子は好物なのだ。紅茶によく合うからな」
 食べてもいいか、とヒースは確認を取り、一枚手に取って口に運んだ。
 ヒースは普段、町の菓子屋から買ったクッキーをお茶菓子に食べているが、このクッキーは全く違っていた。
 さすがに店売りのものに比べれば、劣るものがあるが、形はしっかりしており、小麦の芳ばしさの中に優しい甘さがあった。
 そしてなにより、大切な人への想いが作り出す、あたたかさを感じた。
「とてもうまい、ありがとう、マリアンヌ」
 ヒースは、袋包みをマリアンヌに差し出す。
「紅茶にとても合うぞ。君も食べてくれ」
「そんな、それはヒースさんへの贈り物です。私に構わずどうぞお召し上がりください」
「こんなにうまいクッキー、独り占めにするのは申し訳ない。自分でも食べてみろ」
 ヒースは差し出し、マリアンヌが受けとるまで、手をおろさなかった。
「それじゃあ、いただきます……」
 ヒースに押し負けて、マリアンヌはクッキーを一枚つまみ、食べた。
 我ながらよくできた、とマリアンヌは思う。ヒースにはとても言えないが、これほどのものができるまでに、四回失敗していた。
「どうだ、自分でもよくできていると思わないか?」
 ヒースは笑う。
「生前、君にも愛した男はいるだろう? 羨ましいな、その男が。菓子作りのできる妻といたのだからな」
 不意に、マリアンヌの顔が曇った。
「……いないんです、私には」
「いない?」
 年を取り、老人となって死した後、天界に来た者は、生前若かった時の姿に戻る。そして、新たな人として転生する時まで、長い時を若い姿でいられるのである。
 マリアンヌのような少女でも、生前は老婆であった。そして添い遂げた人物がいる。そのはずだった。
「ヒースさん、私、あなたに伝えたいことがあります……」
「伝えたい事だって? 一体何を……」
 ヒースはマリアンヌが、先日自分に助けられた礼をしに来ただけだとばかり思っていた。
 それが突然改まって、伝えたい事があると言い出した。
 マリアンヌは意を決して告げる。
「私、あなたの事が好きなんです!」
 顔を最高に紅潮させ、マリアンヌは大声で告白する。
「………………へ?」
 あまりに突然の事過ぎて、ヒースは一瞬、すべての感覚が麻痺してしまった。カップをひっくり返し、膝に紅茶がこぼれても気付かないほどである。
「あつっ!」
 少しの時間差の後、ヒースは慌てて膝を擦った。
「ああ! 大丈夫ですか!?」
 マリアンヌはとっさにハンカチを取り出し、ヒースに渡した。
 ヒースはハンカチを受け取り、急いで拭う。
 これまでどのような不意を突かれても、慌てることのなかったヒースであったが、今回ばかりは冷静でいられなかった。
 まさか町で偶然に助け、そのお礼をしようとやって来て、名前もついさっき聞いたばかりの少女に、告白されるなど、どうして予測できるものか。
「あの、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね……」
「あ、いや、気にしないでくれ。確かに驚いたが、これくらい何でもない」
 強がるヒースだが、紅茶をこぼした膝は、少しヒリヒリしている。間違いなく軽く火傷をしていた。
「しかし、ずいぶんと急な告白だな。恋にまるで縁のない俺でも、想いを伝えるのは、お互いをよく知ってからするものだと分かるぞ」
 ヒースのこうした知識は、普段読んでいる物語小説から得たものである。自らが経験した事がない以上、突然の告白の後、恋人となる例がある事を、ヒースは知らなかった。
 マリアンヌにも、自身が例外的な事をしているのは分かっているようだった。
「……そうですよね、よく知らない女性から、いきなり好きと言われても、困りますよね……」
 マリアンヌは、少し悲しげに目を伏せた。
「何やら深い理由がありそうだな?」
 ヒースは訊ねる。
「よければ、話してはくれないか?」
「ありがとうございます。では、お話ししましょう」
 マリアンヌは話した。急にヒースの元に現れ、そして唐突に想いを伝えた理由を。
「私、実は、十六歳で死んでいるんです」
 マリアンヌは、かなりの若さで死んで、天者となった不幸な少女であった。
 マリアンヌは、それなりに裕福な家の一人娘として生まれた。
 生まれがよかったため、先の人生を不自由なく過ごして成長し、一生を添い遂げる男と出会い、幸せな家庭を築く事ができる。そんな当然の幸せが約束された人生を送ることができる。そのはずであった。
 マリアンヌは生まれながらに、不幸な運命を背負っていた。先天的な病を患い、生まれてきてしまったのだ。
 その病は、抵抗力、免疫力を極端なまでに奪われる類のものであり、マリアンヌは幼少時より、常に何らかの病状で、外にも満足に出られなかった。
 当時、マリアンヌを診ていた主治医によれば、彼女は果たして、十五年も生きられるかどうか分からない、そんな診断を下していた。
 幼い頃から病床で過ごしてきたマリアンヌにはもう、自らの人生に希望など持てなくなっていた。
 そんな死を待つばかりの日々を送る中、マリアンヌはとある物語に出合う。
 一日のほとんどをベッドで過ごさなければならない彼女にとって、ただ一つの楽しみが本を読む事だった。
 マリアンヌが出合った物語とは、宮廷騎士と貧しい家庭の娘の、身分を超えた恋愛の物語だった。
 恋愛の話という、ありふれた物語であったが、どういうわけかこの話だけは、マリアンヌの心から離れなかった。
 周囲からその関係を疎まれていた二人が、身分の差など愛の前には意味がない事を証明し、ついには結ばれ祝福される。そんな物語であった。
 先の短い人生であるが、いつしか自分にもこのような出会いは訪れるのではないか。そんな僅かな希望がマリアンヌの心に宿ったのだ。
 物語における身分の差を、寿命の差に置き換え、そしてその差を愛で埋められるほどの者に、いつかきっと出会える。
 根拠など全くない。しかし、マリアンヌは信じてみたくなったのだ。この時、マリアンヌの余命は、僅か二年足らずであった。
 その物語に会ってから、マリアンヌはいつか来る大切な人との出会いという希望を持ち、どれほど苦しい時も耐え抜いた。
 高熱に何日苦しめられても、喀血して気を失いそうになっても、マリアンヌは、未だ見ぬ騎士との出会いを胸に、死ぬまいと病と闘い続けた。
 そしてマリアンヌはついに、寿命を迎えた。十五歳も半年が過ぎた頃、マリアンヌの体は限界を超えてしまった。
 死が目前に迫った時、マリアンヌはふと、夢を見た。死後、人間が行き着くという天界の風景らしき夢である。