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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 23

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 アトロポスは、自らの役目そのままに、マリアンヌの運命の糸を切ったのだが、その内容を知ってしまった彼女は、マリアンヌがあまりにも哀れな運命にあったと嘆いた。
 こうした理由から、せめて天界で住む場所は素晴らしいものをと創り出したのが、この美しい湖畔の一軒家であった。
 ヒースは急ぎ、林道を走っていた。途中、町に寄った際に見た時計台は、約束の時間を少し過ぎていた。
 ヒースは元来、生真面目な男である。だからこそ自らの役目を確実に全うしているのだが、時間には少し無頓着な所があった。
 騎士としての役目、訓練の時間に遅れることは絶対にないが、それ以外の約束は、寸前まで動かないのである。
 ヒースは少し息を荒くしながら走り林道を抜けると、大きな湖が見えた。天界で人気の高い、有数の湖である。この近くにマリアンヌの住まいがある。
 ふと、ヒースは湖の縁に、水上で羽休めする水鳥に、餌を与える少女を見つける。
 それは、深緑色の髪を後ろでまとめ、純白のワンピースを身に纏う少女。
「マリアンヌ!」
 ヒースは駆けた。
「ヒース、……もう、待ちくたびれたじゃない」
 マリアンヌは振り返り、まぶしい笑顔を見せるのだった。
 その後、二人は家に入り、小さなお茶会を催した。
 ヒースが紅茶を淹れ、マリアンヌがあらかじめ作っておいたクッキーをお茶菓子に、二人は紅茶を飲みながら、楽しいひとときを過ごした。
 二人は他愛ない話で盛り上がった。
 マリアンヌが天界に来てから間もない頃、天界の様子が現世と比べ物にならないほど美しく素晴らしいと感じた事。
 天界でも有数の湖の湖畔に、神より家を与えられ、申し訳なく思いながらも、とても感謝している事。
 そしてついにヒースと出合え、こうして話していられる事が夢のようである等、現世に長くいられなかったマリアンヌにとって、今がまさに幸せの絶頂であると語った。
 対して、マリアンヌがヒースの事について訊ねると、ヒースは少し困った様子を見せた。
 彼の半生は、語ったところで他人を喜ばせることができるものか、全く分からなかったからだった。
 それでもヒースは、どうして騎士団の一員になり、日々鍛練に打ち込んでいるのかを話した。
 自分でもつまらない話しかできない、と情けなく思った。しかし、それでもマリアンヌは目を輝かせ、ヒースの話に耳を傾けていた。
「……俺は、天界に住まう全てのものを守りたいと思っている。自然も、神々も、民も。そのためには、俺の事はどうでもいい、俺はただ、皆を守れるほどの力を付けなければいけない。そう思うのだ」
「ヒースって、本当に生真面目よね」
 今日まで付き合い、そしてこれまでの話を聞き、マリアンヌが感じたことであった。
「もっと自分を大切にしたらどう? ヒースが私や、天界の事を大切に想ってくれているのは、よく分かるわ。でも、それだけじゃいけないと思うの。だってヒースも、天界に住んでいるんだから」
「マリアンヌ……」
「私は、ヒースに幸せになってほしい。私がヒースに幸せにしてもらっているように、私もヒースを幸せにするわ。だからもっと、力を抜いて。そんなにずっと力を入れてちゃ、疲れちゃうわ」
 マリアンヌの言葉を聞き、ヒースは自らを見直してみる。
 言われてみればそうである。天界の平和を守りたい、その一心だけで、自分の事はないがしろにしていた。マリアンヌの言う通り、もっと自分の欲にも目を向けるべきなのかもしれない。
「マリアンヌ」
 ヒースは一つ、心の中で決めた。
「ちょっと散歩に付き合ってくれないか……?」
 ヒースはマリアンヌと共に、湖の周りを歩いた。
 時間はそろそろ夕暮れ時である。現世にある太陽と同じく、天界の太陽も西へ沈み、夕日が湖を赤く染めていた。
「私、この湖が本当に好きよ。この時間の風景を見るとちょっと寂しいけど、また明日には素敵な事があるって、そんなふうに思えるから」
 マリアンヌは、後ろで手を組んで、まるで幼子のようにニコニコと笑い、夕日を写す湖面を見ながらヒースの後を付いていた。
 夕景を楽しむマリアンヌに反して、ヒースの心は緊張の極みに至っていた。
 たまに開かれる剣術大会に出場するときでさえ、まるで緊張しないヒースであるが、今この時ばかりは緊張せずにいられなかった。
「ヒース、どうしたの? さっきから全然喋らないし、そわそわしちゃって。まさか、どこか具合が悪いの?」
 天界に来て間もないマリアンヌには、天界に病は存在しない事が分からなかった。故にこの質問の答えは断じて否である。
「マリアンヌ!」
 ヒースは急に振り返る。
「びっくりした……、そんな大声だして、本当に大丈夫?」
 マリアンヌは心配そうにヒースの顔色を窺う。
「いや、すまん。その……、今日は遅れてすまなかったな……」
 マリアンヌはぷっ、と吹き出す。
「まさかまだ気にしてたの? 大丈夫よ、私は気にしてないから」
「いや、自らの過ちはしっかりと反省しなくては、騎士の道に反するのでな……」
 ヒースは、自分でも何を言っているのか分からなかった。騎士としての心得に時間を守る要件はない。完全に常識的に行われなければいけない事である。
「ヒースったらどうしたの? 可笑しいわねぇ」
 ヒースの様子を見て、マリアンヌはけらけらと笑う。
 ヒースは勇気を出し、本当の目的を告げる。
「お詫びと言ってはなんだが、これを受け取ってくれ!」
 ヒースは小さな箱を差し出した。それはいかにも質素な桐の箱である。
「わあっ! 何かしら、開けてみてもいい?」
「ああ。気に入ってもらえればいいのだが……」
 マリアンヌは一言断り、小箱を開けてみる。
「これは……?」
 箱の中にあったのは、銀製のペンダントであった。
 三日月を背後に、質素なドレスを身に纏い、駆け抜ける女性の様子を表した細工が施されている。躍動感に溢れ、今にも動き出しそうなほど精巧な作りである。
 これを作った職人によると、ペンダントの細工は月の女神、アルテミスであり、その女神がかつて、狩猟を司っていた時の姿と、月を合わせて作ったのだと言っていた。
「俺には女性がどのような物を贈られれば喜ぶのか分からない。だから慎重に選んだのだが……、気に入ってもらえただろうか?」
「ヒース、これは……」
 マリアンヌの表情が急に険しくなった。まるで何かを畏怖するかのような顔である。
「き、気に入らなかったのか? ならすまん! 湖に投げ捨てて……」
「とんでもないわ! これ、相当高かったんじゃないの?」
「いや、確かに少し値は張ったが、大したことはない。これくらいだ」
 ヒースは五本の指全てを立てた。単位は十万である。
「私なんかのために、そんなに!?」
 ヒースは何故、マリアンヌがそこまで値段について驚いているのか分からなかった。
 ヒースは聖騎士団副長の役職に就いているため、給金はとても高かった。しかし、ヒースはもらった金をほとんど使うことはなく、貯まりに貯まっていた。
 食事代に使うくらいのもので、他の騎士達と違い、酒を飲む事なければ、町で賭事をするような趣味もない。使わない金がどんどん増えるばかりで、ヒースの金銭感覚は常人のそれとはまるで違っていた。