美由紀
私がそう言うと、愛美さんは慌ててバッグからコンパクトを出して自分の顔を確認して、ちょっと直してくる、と言ってクラブハウスの方に行ってしまった。
「愛美はいつものように綺麗だよ」
愛美さんの後ろ姿にパパが間抜けなフォローをした。いや、それは断じてフォローではない。愛美さんは「むぅ」とパパを睨んで歩いていった。
「パパはダメだねえ。ちゃんと教えてあげなきゃ」
わたしがダメ出しをすると、パパはちょっと動揺したようだった。
「やっぱりそうか?教えようかと思ったんだけど、どう言えば良いのかわからなくて」
パパと二人きりになると、パパがわたしを見ずに言った。
「美由紀、どうだ?『面接』の方は」
わたしは苦笑した。いきなりストレートにそんな聞き方をするかね?
「あ、やっぱり『面接』なんだ。つまりパパは愛美さんと結婚するの?」
わたしがそう言うと、パパはわたしに向き直った。
「結婚するかどうかはまだわからない。でも、パパは愛美を愛しているし、一緒にいたいと思っている」
「なら、そうすればいいじゃん。わたしの許可なんて必要ないでしょ」
「そうじゃない。パパと愛美が一緒にいるところには、美由紀の居場所もなければならないから」
わたしはちょっと不意を突かれて一瞬、言葉を失った。
「あのね、パパ。わたし、今日の試合をしてて、自分の居場所は自分でつくらなきゃ、って思ったよ」
パパは目を丸くして、それから笑いながら首を振った。
「そんなこと考えながらテニスしてたのか」
それから真顔になって言った。
「美由紀がちゃんとそこに気づいているのは頼もしいな。そうだな。社会に出れば最初から保証されている自分の居場所なんてどこにもないから、自分で切り拓いてつくらなきゃならない。今でも家の外ではそうだよな。だから美由紀は自分の居場所を守るために、あんなに頑張ったんだよな。でもな。子供にとって家の中は無条件に自分の居場所だよ」
ママもそんな風に思っていてくれたらな。
「だから、もし美由紀が愛美のことを、この人とは暮らしたくない、って思ったら、パパは愛美とは結婚はしないよ。少なくとも美由紀が成人するまではね」
わたしはびっくりした。本気でわたしが認めないと結婚しない、と思ってるようだ。
「パパ、愛美さんにそんな条件を言ってるの?」
パパは笑って首を横に振った。
「美由紀の面接をパスしなければ僕たちは一緒にはなれない、とだけ言ってる」
それからまた真顔で付け加える。
「それにな、これはパパと愛美がいるところに美由紀が自分の居場所をつくれるか、という問題ではなくて、パパと美由紀がいるところに愛美が入ってこれるか、という問題なんだ。だから『条件』なんかじゃない」
ママとアイツがそんな風に考えてくれている様子はないけど。
「まあ、今日会ったばかりで一緒に暮らせるか、まではわからないだろうから、ゆっくり考えてくれればいいさ。時間はまだまだあるから」