諭吉の恋
翌日もかずははカフェに来た。
この日は一人だった。
「カウンター、いいですか？」
かずはが諭吉に尋ねた。
諭吉はまた会えたうれしさで
ニヤけまいとしながら、平静を装い、
「もちろんどうぞ。」と答えた。
「今日はお1人ですか？」
「あ、はい。彼女とは仕事は別々で。
私は職場がこの近くなんです。」
「そうでしたか。ご注文は？」
「えっと、このランチセットを。」
「ケーキつかないけどいいです？」
「えっ、あっ///。普段のお昼はいいです。
昨日いただいたの、美味しかったです。」
「口にあってよかった。」
諭吉のカフェでは、お昼は１種類の
日替わりランチセットだけやっていて、
あとはカフェメニューのみだ。
14:00を過ぎるとランチタイムが終わり、
16:00までカフェ、
18:00からカフェバーになる。
夕方はお店を一度閉めて、
ランチメニューの残りを
すずめの夕飯にアレンジしたりしている。
諭吉のご飯が美味しいことが
すずめの料理オンチを助長しているかもしれない。
「昨日食べたフォンダンショコラも
すごく美味しくて。くせになりそうです。」
「そりゃ嬉しいな。ぜひ通ってくださいね。」
「お金の続く限りは。」
マスターとお客の、
当たり障りのない会話をしていると、
カランカラン。
「諭吉ぃ！」と、大きな声をあげながら、
つぼみが入ってきた。
「すぐ戻らなくちゃならなくなった！
飛行機の中でつまめるオヤツない？」
「えっ、また急だな。とんぼ返りじゃないか。」
「早く早く！飛行機の時間がっ！」
「豆乳ドーナツならあるけど、これでいい？」
「オーイエー！諭吉の豆乳ドーナツ好き！」
ササッと袋に入れてレジを打ち、
ドーナツの入った袋を渡す。
「サンキュ！」
と、投げキッスをして、
つぼみは慌ただしくカフェを出ていった。
「…彼女さんですか？
昨日もいらしてましたよね？」
かずはは諭吉に尋ねた。
マスターと親しげな女性が気になるというより、
会話のきっかけぐらいのつもりだった。
「えっ、違う違う。
アイツは昔からの常連で。
フリーのカメラマンで、
今は海外拠点で仕事してるんですよ。」
「へえ！カッコイイ！」
「そこに飾ってある額の写真は、
さっきのヤツが撮ったんですよ。」
「えっ、これ、素敵だなって思ってました。」
「ね？いいでしょう？
でも外国長いから、ちょいちょい
ルー大柴みたいにオーバーアクションに
なるんだよね。」
「プッ。」
クックックッと彼女は笑い出した。
「笑っちゃダメだけど、そんな感じ！」
堪えきれずに笑う顔も優しい。
「そう言えば、マスターのお名前、
諭吉って言うんですか？」
「あ、そうです。変わってるでしょ？
親は学問のできる子になってほしかったらしいけど。」
「私の名前、いちようって書いて、かずはって言うんです。
樋口一葉の、一枚の葉。」
「えっ。じゃあ…」
「そう！お札つながりですね。」
「ハハッ。ホントだ。」
落ち着いた話し方が、
ひと回り下だと思えなかった。
「諭吉さん、いいですね。
お料理上手で。私は食べるのは好きだけど
料理の腕があがらなくて。」
「そうですか？でも一葉さんのように
美味しそうに食べるのも素敵ですよ。」
「えっ///。そんなふうに食べてます？」
「あっ、いや…あ、そうだ。
月一で料理教室やってるんですけど、
もしよかったら参加してみませんか？」
「料理教室？」
「そう。料理オンチの姪のために始めたんですけど。
コイツが彼氏に好物作ってやりたいって
言うのにひどくって。」
「私も人のこと言えないので…」
「大丈夫。姪より酷い人はそうそういません。
でもそんな姪でもだいぶ上達してきましたよ。
わからないところはちゃんと教えますし。」
「じゃあ、やってみようかな。」
「では早速今度の土曜の15:00に。」
「はい。よろしくお願いします。」
一葉はニッコリ微笑んだ。
諭吉はウキウキしていた。
一葉はお客さんだし、まだ会って二日目だし、
ひと回りも年下だけど、女性に対して
こんな気持ちになるのは久しぶりだった。