Love me tender前編
「いやいや、今時そんな子いないでしょ〜」
どんどん距離を詰めてくる男に、つくしは迷惑そうな顔を隠そうともしないが、男は全く気にしていないようだ。
「牧野…俺と約束してなかった?」
ここにいるはずのない人物の声が上から聞こえて、つくしは驚き顔を上げた。
「類っ!?なんで…?」
「今日家に行く約束してたよね?」
突然現れた、超絶イケメンの登場に合コン相手の男たちも騒然となり、つくしにしつこくしていた男も、類とつくしを交互に見て口を噤んだ。
「えっ?そうだったっけ!?ごめんっ!」
「いいよ…。今から行ってもいい?」
「うんっ!もちろん!…みんな、ごめんっまたね」
「つくしちゃ……」
諦めきれない男が、つくしを呼び止めようとするが、冷酷な瞳で類に睨まれて、言葉を飲み込んだ。
一刻も早くその場から逃げ出したかったつくしは、類の嘘に乗っかる形になったが、それを嘘だとは思っていない。
車に乗り込むと、約束忘れててごめんねとつくしは謝った。
「嘘だよ?今日、約束なんてしてないよ」
「えっ!?えー!そうなの?」
「だって、あんた合コンとか嫌いでしょ?それとも、あんな男に言い寄られて嬉しかった?」
思いの外真剣な目で見つめられて、つくしは戸惑う。
桜子に頼まれたか、騙されたか、いいバイトがあるとでも言われたかだとは思うが、何度も同じ手に騙されるつくしに、少し腹が立った。
「言い寄られてないけど…。ちょっと困ってたから、助かった。ありがと」
無意識に男を惹きつけるんだから、タチが悪い。
でも、その上目遣いで恥ずかしそうに見上げてくるつくしにやられてるのは自分も同じか、と思うのだから、惚れた弱みというのは本当に怖い。
「牧野…三条に頼まれても、ああいうのもう行かないでね」
「ああいうの?合コンのこと?」
「うん。俺が心配だから、ダメ。他のバイト紹介してあげるからさ」
「う、ん…分かった。心配かけてごめんね?」
つくしとしても、言われなくてももう行きたくはない。
しかし、類の頼みを許容したように取れる、つくしの素直な態度が可愛くて。
類は、いつもこうだったら心配の種が少しは減るかもしれない、いや、こんなに可愛げがあったら、益々ライバルが増えるか、などと車中ずっと思案していた。
「類?どうかした?」
そうとは知らず、つくしと言えば、心配の意味はまるで分かっていなそうな顔で、類を見上げる。
「いや、何でもないよ」
「ね、お茶飲んでってね。パパたちもいるし。類が来ると喜ぶから」
「ああ」
牧野家のアパートに着くと、車を一度邸に帰らせた。
「「は、は、は、花沢さん!!!」」
予想通り、諸手を挙げて喜ぶ両親に、これで玉の輿という打算がなければいいのにと、つくしはため息を吐いた。
***
両親は、類が来るなり何故かつくしの部屋に2人を押し込んだ。
4人で住むにはかなり狭い、1DKの唯一の個室を進とつくしの部屋にしていた。
進はバイトらしくまだ帰っていない。
「ちょ、ママ!?なに?お茶淹れようと思ったんだけど…」
「お茶ならママが淹れるから、花沢さんとの親睦を深めなさいっ!」
「はあっ!?」
つくしがどうしていいやらと、とりあえず隣に座り類を見ると、類は眠そうに大きな欠伸をした。
「眠いの?横になる?」
つくしは布団を引こうとしたが、限界だったのか畳の上に直接横になってしまう。
「うん…ふわぁ〜あ。ちょっと、膝貸して…」
「へっ!?ちょっ…類っ」
つくしの膝枕でゴロンと横になると、すぐにスースーと寝息を立てて眠ってしまった。
「もう…万年寝太郎っ」
眠りに落ちるまでのあまりの早さに、類だって、いつも車で寝てしまう自分のことを言えないではないかと思う。
「でも…寝顔可愛い〜っていうか綺麗すぎ…睫毛長いし、髪の毛サラサラだし…」
つくしが、類の綺麗な顔をマジマジと見ながら、柔らかい髪に指を通す。
一度触れると癖になりそうなサラサラの触り心地に、つくしは何度も類の髪を撫でた。
「ふふっ」
そして悪戯心から、頬や鼻をツンツンすると、つくしの口から笑いが漏れる。
男の人なのに、類は人懐っこい猫みたいで可愛いと思う。
しかし、それはつくしの前だけであって、本当は警戒心バリバリのプライドの高いシャム猫であろうとは思っていない。
類は、目を瞑ってつくしのされるがままになっているが、頬を触られくすぐったく感じても、動くことが出来ない。
きっと、自分が動けばすぐに離れてしまうから。
あんた、油断しすぎだよ。
眠れるわけないじゃん。
好きな女の子がこんなに近くにいるのに。
類が薄く目を開けると、襖の隙間からつくしの部屋を伺っていた、千恵子と目があった。
類はつくしに気付かれないように笑みを向けると、さりげなく手を口元にやり、人差し指を立てた。
襖は音を立てずにそっと閉じられる。
もう少しだけ、この状態を楽しもうか。
それなりに忍耐が必要だけど。
*
そして、幸せな時間は突然の大きな音で終わりを告げる。
「類っ!寝たふり止めろっ!このキツネ!」
「うひゃ!!な、なに!?」
驚いてキョロキョロと周りを見渡したのはつくしだけで、類は平然とつくしの膝に頭を乗せたまま立っている司を見上げた。
あーあ、バレちゃった…。残念。
「もしかして、タヌキって言いたい?」
「類っ、そこから早く退け…」
司が現れても、つくしの膝から退こうという意思はないらしい。
つくしは慌てて類の下から膝を退かした。
「いてっ…牧野、乱暴…」
「へっ、ざまーみろ」
膝から乱暴に頭を落とされて、ゴツっと部屋に鈍い音が響いた。
「ほら、類帰るぞっ!」
それでも寝転がったままの類を引きずるように、玄関へと向かった。
半畳ほどしかない牧野家の玄関に大男が2人も立つと、家の狭さが余計に際立つ。
「パパとママ、またね。あれ、進帰ってたんだ?」
「はい。類さんも、道明寺さんもまた」
とてもじゃないけれど、出歯亀する気にもなれず、かと言って部屋へ入ることもできずに実は困っていた進は、叶うことはないが1人部屋が欲しいと初めて思った。
「あの2人…暇なのかな?」
嵐が去った後の玄関を見て、ボソリと呟いた姉の言葉に、そりゃないよ…とさすがに同情をする。
***
つくしが夜バイトを終えて、帰路につこうとすると、店の前で覚えのある車が停まっていた。
覚えがなくとも、こんな車に乗っている人物はなかなかいるものではない。
つくし命名ダックスフンドこと、黒塗りのリムジンの前で、腕を組んで立っている人物がいる。
「おまえ、おっせーぞ!帰ろうかと思ったじゃねーか!」
「道明寺に待っててなんて、頼んだ覚えないけど…?」
「てめ…俺様が、女を待つなんて滅多にないことなんだぞっ!」
「え…?あんた結構、この店の前で待ってるよね…?」
司の言わんとすることは、いつも理解出来ないが、つくしはこうやってポンポンと言い合うのは嫌いではない。
司もまた同じようで、会えばいつもつくしと絡むのを楽しんでいる節がある。
作品名:Love me tender前編 作家名:オダワラアキ