記憶
他の者達に比べ遅くなった夕飯を終え、休む者達に迷惑を掛けぬように急いで、至る所に継ぎ当ての施された薄く、柔らかさのない煎餅布団を敷き、とりあえずと形ばかりは床に入った後、二人……主に鴉が言い、鳳凰が応じるのであるが、両名は小声で話しを続けた。
……俺が知り得た俺自身の遠い記憶の断片の顛末は、こうだ。
最後の記憶の中。俺である男はもう、そこにはいない。
代わりに俺のこの体が意識と一体になり、俺自身がその場に存在し、姿を現している。
そしてやはりこの場には……離れて大柄の男が立っている。
大柄の男は俺に対し、変わらず何の反応も示さぬ。塵屑のように、いや、それ以上に……まるで俺自身が存在していないかのような無反応だ。
俺をあの凄まじい一撃で斬り倒した大柄の男へは、恐怖はある。
しかしそれ以上の嫌悪と憎悪、それに身を任せ俺は……今までと違い動くようになった体で奴に向かい走る。
後少し、男に届く……そう思う俺の前に音もなく何者かが立ち……大柄の男と俺の前に立ちはだかる。
……
駆けていた俺の足は、止まってしまう。
その者は……俺と同じだ。生き物、白き蛇を細身の魔剣に変え、それを構え俺に向かい言い放つ。……あの相も変わらず男のものなのか女のものなのか、分からぬ声で。
これより先は何人たりとも通さないと、
愛しい方の為にそなた達の血を捧げるのだと、
いとおしき人を私から奪う事は許さないと
……最後の方はもう、半ば喚き叫ぶような具合だ。
言いながらその者の顔は夜叉のように引き攣り、歪んでいく。
……気配から容易に分かるのだが、怖気立つ程の美貌であるから、その変貌の様に余計に凄味を感じる。
かつては優しかった我が子。
それが俺に剣を構えている。対し俺も……生き物、黒羽のカラスを妖刀に変え、戦いを挑む。
同じ一族同じ血。その中でも、父と子。……この“大いなる戦い”の渦中に巻かれた者達の中では似た、最も近い繋がりを持つ者だ。
同じ、同じ同じ同じ。
それがこうして対峙をし。
その血によりカラスを寄せる俺は黒き羽を辺り一面に散らせ、
血に拠る“気”を桜花に変える己の子は淡紅の花弁を舞わせる
視界が黒と桜色に染まり……
「俺の見たものはここで終わりだ。」
「……」
長き過去の断片を言い終えた鴉に対して鳳凰は薄汚れた天井を眺めたまま何も言わなかった。
男客が思い思いに就寝するこの十二畳間には月の光は入らず、外が今どうであるかは分からぬが、ここ数日は晴天が続いている。明日も晴れるのだろう。
そして今、外に出れば自分達を見下ろす黄金城がきっと、良く見える。
「夕飯前に言いそびれたこの話のろくでもないオチを教えてやろう。」
「……」
「我が名は烏丸、我が子は蘭丸、俺を斬った男は信長。」