記憶
朝五つ
大部屋の中での居心地の悪さと、鴉の話を聞き終えてから、決して眠れたものではなかったが、それでも身を落ち着けた事によって若く常人を凌駕した鳳凰の体の疲労はある程度は取れていた。
それは痩せた身体の鴉も同様らしい。
元より人の多い所はあまり好まないのであろう。枯木のような体に竹行李を背負い、さっさと板の間に出ようとしていた。
邂逅した天明と烏丸はここで別れる。
次に会う時は一つ血の下で戦い合うかも知れぬし、そうでないかもしれない。
二度と会わぬ可能性もある。
自らの遠い記憶の断片を集め、その内容の大方を掴み知り得ている上で尚、天魔……覇王と自らの子を倒すと言い切った鴉に対し、鳳凰は最早何も言えなかった。
狭い玄関から外を出て、ただ一言世話になったなと、そう呟くだけの態度が何とはなしだがこの男らしい。
外に出ればやはり、昨夜ぼんやりと思っていたように黄金城が鳳凰と鴉を見下ろす。
それでも日が暖かいと……多分仰ぐように眺めているのは城だろうが、あの者も同じ朝日を見ているのだろうか。そうまで呟いた鴉に、堪らなくなり、今一度己の戦い自体から身を引かぬかと問う。
……俺はあれにより人に戻りつつあるが、あれには何人も……特に血の近い俺でさえ介入する事は出来ぬだろう、深く思い合った……今もそうであろう奴との絶対的な過去の日々が存在している。それに仮に烏丸“であった”俺が出向き血縁の者だ、と言っても……。
数百年、遥か遠い過去に昔とは言え、あの男……時の最高の権力を持った者から一流の教育を受け、俺が働き通しても呉れてやる事は出来ぬだろう、上質の服で当たり前に身を飾り……父として何一つしてやる事は出来ん。
そう鴉は言った。
鳳凰に背を向けた表情は見えなかったが、泣きそうなものであったのかもしれない。
後になり鳳凰はそう強く思うようになる。
さらばだ、……天明。
最後にそう言って、ただ東へ向け鴉は出立していった。