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緑と傍らの鷹

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 帝光中学控え室
 桃井達マネージャーが配るスポーツドリンクで補給をし、タオルで拭いた汗が引きかけている赤司が徐にぼそりと呟いた。
 「……もう分かった。」
 新鋭の強豪校と謳われる相手の、それも一人だけしか幾許かの興味を持てなかった四番と言うおもちゃで遊ぶ事はもう飽きた。
 そう言いたいのだろうと、赤司と近しい緑間と紫原は無言のままで思う。
存外に飽きっぽい部分もあるこの主将も、義務であるからこの試合は最後までやり遂げるだろうと思う矢先に、一軍控えの実力の差は大きいが、部内では赤司に次ぐ三年のPGを呼び寄せる赤司の姿に、流石に紫原が驚いた。
 「赤ちん、ひっこむの?」
 対し、もう良いからと赤司は頷く。
 「……確かに。今までは楽しませてもらったけどね……“目持ち”は全国でもとても……本当にとても、珍しいから。」
 だから、お前の出番が少なくなって済まなかったねテツヤ、と赤司は隅で第3ピリオドに向け支度をしている小柄の少年……黒子に声を掛ける。
頷く黒子は無言のままだ。
 「……うん、もう良いっスね、あの程度なら」
 「……勝てないと分かって、チームは絶望して、だから彼は独り、自分だけの力……“目”に依って、依り過ぎて戦っている。あの力を使ってのパスはそれこそ針の穴を通すような、緻密で、反面極めてトリッキーで絶妙なものだ。その動きに他のメンバーはもう、付いて行けていない。」
 「……」
 やはり沈黙のままだがその意見に同意する黒子の眼差しを満足気に見返し、赤司は頷いた。
 「……」
 対し黒子と同様に黙ったままの緑間は、第二クォーターの最後に加点したのにも関わらず、不機嫌なままであった。
 例え赤司であろうと負けたくはない。
 もっと点を取らなければ……

 「真太郎」
 まるで燻る心中を見透かすように赤司が声を掛ける。
 穏やかではあるが返答の拒否を認めぬ圧力を感じ、緑間はびくりとした。
 「……CとSFは敦で潰れた。相手のSGとお前とでは無論、天地程の実力差がある。後はあの役立たずのおもちゃ……空元気を出して大声でチームを保たせている……お前の嫌いな「うるさい奴」だけだ。」
 「……だから“目を持つ者”の……脆弱な鷹の羽を?いでやれ。」
 雄弁な赤司に対し、尚も緑間は無言であった。
 しかし無表情ではあるが無力な鳥の羽を?ぐと言う、真面目で優等生の自分が絶対に行わないだろうその行為を思い、相手に対し嗜虐心が……明らかに快楽の思いが芽生え、うっすらと緑間は笑んだ。
 そうして機嫌の直りつつあった緑間の耳に控え室入口から騒々しい声と、慌てたマネージャー達……桃井の高い声が響く。
 赤司と紫原、黄瀬と黒子がその大音量の原因の主の名を呼ぶ前に、目を閉じた緑間の表情はまた険しいものへと戻った。
 怒りと、同じくらいの思いで不安と心配を露わにしている桃井をそっけなく追い払いキセキの青の輝きのエースであり最高のスコアラーでもある焼けた肌の男……早熟の天才の青峰が漸くやって来た。
 既に試合は第3クォーターに入る前で、丁度半分が過ぎた形となっている。
 それに賭けの勝利を確信したのだろう。青峰っち、昼食一週間分っスよと嬉しそうに言う黄瀬に、んなもん知るかよとすげなく青峰が切り捨てる。
 緑間は無視の姿勢を貫き青峰を睨み付けていたが、とっとと帰って本屋でグラビア買って早く読みてえと言う彼の発言にかっと血が昇った。
 元来怜悧冷徹な性質ではあるが決して寛容ではなく、赤司のような柔軟性と紫原のように自分の嫌う物事を器用に有耶無耶にし、ぼかす事はしない。
 その良くも悪くも真っ直ぐで生真面目過ぎる、融通の利かない性格を黒子や黄瀬や隣で文句を言う青峰は苦手にしていた。
 緑間の放つ不穏な気配に気付き、んだよと青峰が突っ掛かる。
 「……貴様は!」
 そう叫び、青峰の胸元を掴み上げたのと、桃井の静止の声が上がったのはほぼ同時だった。
 「……何故貴様は。癪だがここに居る連中は皆認め、中には頼りにする奴もいるだろう。
誰も敵わない程の実力を持ち、多くの部員達の中から選ばれてスタメンになっているのに、
……練習もせず、挙句こうして遅れて来るのか。」
 日頃黙り続け、だからこそ不満を口にすれば当たり前の事をしない不真面目な者への蓄積した怒りは止まる事無く溢れ出て来る。
 こいつの、たまに練習に出てもなるべく動かないようにしようとする怠慢な姿。他でも桃井が言うには授業から逃れ屋上で惰眠を貪ると言う自分には到底信じられない様、そして黒子や黄瀬、或いは紫原や赤司にノートを見せろと要求する姿。
 六人で並び歩いていれば女の胸の話ばかりをする……緑間からしてみれば耐えられない程汚れた姿。
全て我慢が出来なくなり堰を切ったように緑間はふざけるなと叫び、青峰の不実な様を責めた。
 あの沈着な緑間が声を荒くしている。控え室にいる者全員が驚き、当の青峰も一瞬呆けていたがすぐに開き直り、ユニフォームを掴んでいた緑間の右手を邪魔だと除ける。
 大ちゃん!と怒鳴ろうとする桃井を制し赤司が先に動いた。
 「二人共いい加減にしろ」
 俺は正論を言ったまでだと返そうとするが、有無を言わせぬその圧力に口が動かない。
 ……赤司、主将であり実力も頭脳も自分が唯一勝てんと認めた壁であり好敵手。
 ……しかし、俺はこいつにいつか勝てるのだろうか。
 何も言えなくなった緑間はそう思い、ただ高い壁を越えんと上だけを目指し突き進んでいる己のこの姿は果たして、正解なのだろうか……と。
 何故か、その思いが漠然と浮かび、よぎった。
 いつもは遅刻や部活への不参加を問い詰めることのない赤司の叱責に青峰も驚き、ある程度は堪えたのだろう。
 舌打ちの後青峰は黙り、少しして呟く。
 俺に勝てるのは俺だけだ。
 その言葉を聞いた桃井と黒子は同時に目を伏せた。

 緑間もまた舌打ちをして控え室入口へと進む。
まだ試合始まらないっスよ、どこ行くんスかと言う黄瀬の問い掛けには応じなかった。
 この不快な場所に居ても気は晴れる事は無い。一人でいる方が余程、無駄に熱くなってしまった心を元通りへと沈められる。
 だからさっさと出て行こう。
 ドアを強く開け、緑間は大声で言い放った。
 「貴様等の点取り競争のつまらん賭けはどうでも良い。俺はこいつの不真面目な態度が気に食わんのだよ」
作品名:緑と傍らの鷹 作家名:シノ