緑と傍らの鷹
第三クォーター開始前のバスケットの入れ替え。
最早三倍近く差の付いた一方的な試合は暫し休憩となった。
……俺はキセキの試合が観てえ。
色素の薄い髪の者のその発言は些か突然ではあったが他の二人に異論はなかった。
と言うよりも彼がそう言わずとも、彼と共に三人でここに来る事は前々から決めていた事であったから。
観戦席の一番手前の最も試合を見易い位置。
そこに男が三人、陣取るように座っていた。
何れも飛び抜けて長身で、特に内の二人は男性的な風貌をしている事もありギャラリー達の中ではかなり目立つ。
しかしそれ以上に彼等が人目を引く理由は三人が纏う服にあった。
一見は何ら変哲のない、ごく一般的な黒服……所謂昔ながらの学ラン、であるが上着のボタンや襟元の校章を見ると、それが全国でも屈指の進学校のものであると分かる。
……秀徳高校。
そこの二年生である三人の男はキセキのシューター……緑間のプレイに静まり返った観戦席の中で何れも沈黙していた。
キセキの内の一つ、緑の輝きがほぼセンターラインから3Pを放った事に恐れているのではない。
内の逆立った髪の男……大坪が口を開く。
「やはり実際を観て良かった。理由は分からんが、今日は一人、未だ来ていないようだが。」
強い。と言葉の後の小さな呟きは何も大坪だけでなく、この会場で彼等キセキのプレイを目の当たりにした者達全ての思いだろう。
「……新鋭の強豪校。この相手もけして弱くはない、いや強いが、帝光中……キセキ達は強過ぎる。」
「……運も強さの一つじゃね?」
話しを続ける大坪に応じ、大柄に反して幼げな風貌をした男……宮地がそう言い、帝光とぶつかった強豪校の不運を無愛想に告げる。
「……監督が躍起になってキセキを得ようと、まだ後一年先の話なのに走り回っている理由が分かったよ。」
一番最後に、宮地と親しく慎重な性格をした木村がそう言う。
やがて誰ともなく、監督が頑張りすぎてあいつ等の内の誰かが来やがる……おいでになるなら、俺達とポジションの被らない1番(PG)か2番(SG)であって欲しいなと喋り、ちがいない、と三人は笑い合った。
「PGか」
笑いを止め大坪が言った。
「しかし、キセキのあの主将はもう……確か一年の終わりから各校からの勧誘が出始めていると聞いた。しかも学費の免除だの寮の完備だの、そう言う待遇付きでらしい
それに確か元は関西の方の金持ちと聞いたぞ。」
……帰りにウチの店に寄ってくれないかなと呟く木村に、お前ん家、今みてえな冬でも旨い果物が揃ってるしなと応じる宮地。
時期が来ると木村の両親から満面の笑顔と共に秀徳高校バスケ部員に山程差し入れされる蜜柑の甘みと絶妙な酸味についてに話が移りそうだったので、二人共そうじゃないだろう、今は……と大坪が話を本題へと戻した。
「……なら?SGか?あの背の高い」
今は両チームのいないコートを眺めながら木村が続ける。
それに対しぼそりと宮地が呟いた。
「お前ら、あの緑頭……って言うか、試合に出ている帝光の奴等の内で一番小せえ奴以外をチームに迎えられるか?」
未だ間はあるが内々で既に主将と副部長の座が囁かれている大坪と木村の両方に、そう問い掛ける。
二人は無言のままであり、それが何よりも雄弁な答えなのだろう。
「俺は分からねえ。……アイツが入ったとしてチームとしてやって行けるか。あのシュートは普通の野郎がやる事じゃ無えし……確かにあいつ等は強えよ。情け無えけどよ、木村、大坪。俺達が三人掛かりでDFしてもあのシュートを止められるか分からねえ、俺は……正直、難しいと思う。」
あいつ等は強え。中学生どころか高校生のレベルをも軽く超えている。
だが
(……我が強過ぎる)
それが自分達三人が上から眺める離れたここまでびりびりと伝わって来る。
各個が譲らず譲り合う事もなくコートと言う戦場に自分の力を吐き出すように炸裂させ、ぶつけている。彼等にとって敵は相手ではなく、試合中の強豪校など歯牙にも掛けていないのだろう。
「点を入れても何だ?声が出てねえ。」
大坪と木村は俺より強え、と宮地は前置きする。
「……まだ俺は弱え、だからこそああ言う個人主義とプレイをしていく自信は無えし、監督の方針がどうであろうと、俺の意志で、そう言う奴は幾ら強くても認めねえ。」
……轢くわ。といつもの物騒な口癖を言い、宮地は続ける。
「俺は無理……だと思う。」
館内のガラス窓に貼りつく様に伸びた常緑樹の峻烈な緑が風に吹かれ日没直前のあたたかな橙と溶け込むように揺れた。
「例えば、あの緑野郎だったら。あれを密やかに照らしてやる灯みてえな、でも後ろに寄り添う影でもあって……そう言う相棒みてえな支えてやる相手がいるのならともかく。」
「……」
尚も黙る木村に、ややあって大坪が息を吐きながら呟いた。
「……難しいな。」